52.カードゲーム
一度自分の部屋に戻った月緋さんは、なんとトランプを片手に訪れてきた。
「そういや充電しっぱなしだった」
部屋に入った月緋さんはコンセントを抜く。気が付かなかった私も悪いが、月緋さんのスマホは、柚希先生と通話をしたときからずっとここにあったらしい。
「まさか盗聴ですか?」
冗談っぽく言うと、「耳すました方が早いだろ」と肩で笑われた。
スマホを回収したところで、二つのベッドにそれぞれ座り、話を始める。
「七並べでいい?」
一瞬何の話をしに来たのか吹き飛びそうになる。手を持て余すよりましだろう、と承諾し、月緋さんが座っているベッドにてカードが分けられていく。私は準備に構わず話し始めた。
「華里奈さんに会う理由は、なつめさんが犯人であることを告げるためです」
器用に手を動かしながら、月緋さんは答える。
「恋人がもうすぐ捕まるって心の準備のため?」
「それもありますけど、話すことで華里奈さんを守ることになると思うんです」
「守るってどういうこと?」
月緋さんから手札を受け取り、7のカードを出す。互いに勝とう、という気持ちがないからか、事務的な動きで順にカードを表に出していく。
「だっておかしいじゃないですか。条件ドンピシャの彼女がいるのに、その人を殺さないなんて」
「あーね、柚希に教えたら言いそう。『俺だったら殺す』って」
「私はなつめさんにとって身近過ぎるから何もしないんだと思っていました。普段京都にいないですし。けど、もし二人が別れたり、華里奈さんが京都に引っ越したりでもしたら、可能性はあります」
単純に恋人だから、という線もある。
「最悪なのは、華里奈さんが一人でいるときに犯行現場に遭遇することです。その場合はほぼ確実に殺されます」
「話しとくことで狗井華里奈に自衛してもらうってことね」
「そういうことです」
想像だけで話しすぎたようだ。月緋さんにまとめてもらって、私は少し落ち着いた。
「今のところ、警察が信用してくれそうな証拠は一つもつかんでいません。私たちだけが犯人を確信したまま京都を出発するかもしれないですし」
できることなら、事件を解決してから家に帰りたい。時間があまり残されていないことを自覚してきた。
私も焦っているんだ。逆に、なんで月緋さんはこんな平然としていられるんだろう。
月緋さんはトランプから目を離し、私を見る。正確には、頭のすぐ上。
なるほど。
ゆっくりとした視線の移動を見守っていると、穏やかな表情を浮かべた月緋さんと目が合った。
「大丈夫だよ泉璃。明後日くらいに何とかなる」
「メタなこと言わないでください」
私も能力をこういう形で使ったことは何度もあるけど、今それをされると気が抜けてしまう。「願いが叶うまでの時間」を見ることで「約束された未来」を確認するのは、世界においてずるをしているようで、少しむず痒い。
「逆に月緋さんはいつも通りですけど、何か願い事はないんですか?」
しゃぼん玉の色をした月緋さんの基本の時間は、カチューシャで前髪を留めた金髪の上を漂っている。
「俺は目標達成したからいい」
互いに持ち札がなくなった私たちは、二回戦目に入る。今度は私がカードをシャッフルした。
「一応訊くけど、泉璃は何考えてんの?」
私の時間を指さす月緋さんに、私は正直に答える。
「事件を解決して、家に帰ることです」
それを聞いた月緋さんはニヤっと笑うと、「やっぱ何とかなる」とうなずいた。
私はカードを渡すと同時に、思い出したことを訊く。
「月緋さんが行きたい場所ってどこですか?」
月緋さんはダイヤの7のカードを出す。また順に、カードを重ねていく。
「今日帰りに通ったとこ。怪しい場所があったから行ってみる」
私は帰り道を思い出す。恐らく、異様にピンク色のモヤがかかっていた場所だろう。今思えば、時間と離れた位置で色を見つけるのは、事件に関わるときばかりだ。
「俺の予想が合ってたら、そこが黒井守なつめの作業場」
「そういえばなつめさんの師匠さんから名刺もらいましたね」
私は机の方に置いたであろう名刺に目をやる。なつめさんの師匠さん、名前を聞いたけど忘れてしまった。名刺に書かれていた漢字は100年後のキラキラネームみたいな組み合わせだったのを覚えている。私たちはこの地域に土地勘がないからアトリエがどこにあるのか住所を見ても分からないけど、それは明日確認すればいい。
「互いに集中するために一人一部屋貸してるって言ってましたけど、それって師弟として成り立ってるんですかね」
「距離感はマンションのお隣さんと変わんないだろ」
月緋さんは鼻で笑ったあと、「でもお隣さんが何してるかって分かんないよな」と怖いことを言った。
なつめさんがアトリエに被害者を連れていってて、かつ師匠はそれを知らない、という可能性がある。
「月緋さんは私が隣の部屋で何してたかとか分かりましたか?」
「それこそ盗聴でもしないとむずいよ」
たしかに。何なら、盗聴でも分からなそうだ。
七並べは三回戦目に入る。月緋さんはカードを切りながら、「話ちょっと戻るけどさ」とあぐらを組んだ。
「狗井華里奈は彼女なのに狙わないって言ったけど、彼女だから狙わないってことない?」
最初、思いついたように話す意味が分からなかった。少し考えて、私がずっと想定していた、もう一つ先の考えが頭に浮かぶ。
「彼女だから狙えないんじゃなくて、彼女だから、狙わないってことですか?」
今は、と月緋さんは声を潜める。
「俺が昼見たのと照らし合わせたときに考えつくことを話すと、」
カードゲームなどそっちのけで月緋さんが話した内容は、後味の悪い夢を見たような気持ち悪さを帯びた話だった。聞いているだけで背筋に寒気が走り、下手なホラーかつフィクションであることを切に願うような、そんな話。そして、悪を悪として見ることができる月緋さんだけができる推理だった。
おそらく、それが答えだろう。確信するにはもう少し調べることがあるけど、色々なところで辻褄が合う。
「納得がいきます。だいぶ恐ろしいですけど」
「俺も話してて気分悪い」
苦いものを食べたように顔をしかめている月緋さんは、トランプのことなど忘れているようだった。月緋さんの横で山になっているトランプを横目に、私はあることを提案する。月緋さんにとってもいい案だそうで、頷いてくれた。
「明日葉賀さんに言ってみるか」
これで、部屋の中を見なくともなつめさんを容疑者として怪しませることができる。あっちがその気なら、私たちはなつめさんを怪しませることさえすれば勝ちなのだ。
「俺らちゃんと探偵できてんじゃん」
喜ぶ月緋さんを見て、私も安心する。
犯人は分かった。動機も、恐らく分かった。役に立てるかもしれない。トランプはあと何回やっただろうか。頭の中でいろいろ考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。




