49.再現
「まず、なつめの目的についてだけど」
月緋さんの放った「なつめ」が、何を指すのか分かっているようで、柚希先生は何も言わなかった。
「これは明確。泉璃を連れ去って、次の被害者にするため」
問題は、どのような計画を立てていたのか。そして、私と同世代の女性を狙う目的とはなんなのか。後者は確信できるものはまだ少ない。
『じゃあどうやって連れて行こうとしたのか』
酔っていてもちゃんと進行してくれる先生に、月緋さんはやりやすさを感じているだろう。計画はこうだ、と、人差し指を立てて空中で指摘する。
「本来の計画だと、なつめは一人で部屋にいる泉璃に作品を持ってきたとか言ってドアを開けさせる。部屋に入ったところで何か理由をつけて注意を逸らして、気絶させる」
『どうやって?』
「俺はビリビリだと思ったんだけど、そうでもないんでしょ?となると……」
「ネクタイとか」
ぱっと思いついたのをつぶやいてみる。根拠はないが、あのとき凶器らしきものは持っていなかった気がする。バーガーとバランスよく飲むことができなかったシェイクを飲んでいると、案の定突っ込まれた。
「手間じゃない?わざわざつけてたの取って使うにしては」
『そもそも前提として気絶で合ってる?嫌なこと言うけど殺してケースに詰めた方が俺は楽』
「俺はとか言うな」
思考を犯人に寄せすぎている。確かに気絶よりは確実だし、後ろのポケットにナイフを入れていた可能性も考えられるけど。
「殺すことはないと思います。それなら簡単に足取りも追えちゃいますし」
「防犯カメラにも映るだろどうせ」
月緋さんのため息交じりな言葉を聞いて、私は突然ひらめいた。月緋さんを連れて、ドアを開ける。私の突発的な行動にされるがままの月緋さんは、私が支持する通りにビデオ通話に切り替え、通路の右側に設置されている防犯カメラを映す。
「この部屋の出入りは、あの防犯カメラの映像で確認できます」
左側の通路を見てみると、この部屋が映りそうなのはだいぶ遠くにあった。月緋さんは左右を確認し相槌を打つ。先生も『万が一だったらあれに映ってたってことね』とオブラートに包んで嫌なことを言った。
「もしナイフか何か後ろのポケットに入れていたら、取り出す瞬間はあのカメラが捉えてくれます」
けど実際、なつめさんは何もしなかった。というか、部屋に一歩も踏み入れていないんじゃないだろうか。部屋から顔を覗かせて初めてカメラの位置を確認できるくらいなので、恐らくなつめさんと話しているときの月緋さんはカメラに写っていない。月緋さんはそのことに気が付いたようだ。自慢するような笑みを向けてくる。
「俺の作戦、よかったでしょ」
「教師がいる前で言っていい話ですかそれ」
柚希先生が関心を持つ前に、月緋さんは「だめだめだめだめ」と全力で強制終了させた。「まあナイフ持ってるとは限らないしね」と勝手に納得させる。あいにく先生はアルコールが回っているため、過ぎた話を掘り起こす能力を引き出せなかったようだ。残念。
せっかくだし、と、私は思い付きから、月緋さんにさっきのなつめさんの位置のところに立ってもらう。私が月緋さん役で、内開きであるドアを支える。身長差は今は度外視してもらって、再現に成功した。
「二人はこの位置で話をしたって感じで合ってますか?」
「俺はもうちょい背高い」
分かってるって。私は数回ジャンプする。そして確かめたかったことを確認した。
「やっぱり、月緋さんからあのカメラは見えませんでしたね」
「だね。多分全身見えてないんじゃね」
私はしゃがんでみる。やはり見えない。当たり前だけど、カメラからこちらが見えないのなら、こちらからカメラなど見えるはずがないのだ。次にやりたかったことをするため、ドアストッパーを挟んでドアを固定し、立ち上がる。仕切るように手を叩いてみた。
「ちょっとこれから、月緋さんが私の部屋にいなかった場合のシミュレーションをしてもらいます」
これに何の意味があるか。犯人は分かっているのに目的が分からない今、まずは「黒井守なつめ」という人物を理解することが最も有効だと思った。そう考えれば、さっきの先生の思考もあながち間違いじゃない。
「俺があいつ役で、泉璃が泉璃役ってこと?」
『それもう役とかじゃないね』
「とりあえず、犯人の気持ちになってみようということです」
軽く説明して、実演スタート。月緋さんは「ガラガラ」と言いながら、中身が空どころではない、実体のないスーツケースを右手に持ってきた。
「泉璃サン作品見せに来たよー」
なつめさんへの解像度が低いのか、適当な抑揚で言う。その割には身振りが大げさだ。
「せめてそれっぽく振る舞ってくれませんか」
「めっちゃそれっぽいはずだけど」
月緋さんは首をかしげた。その手を振る仕草やマジシャンのような手の動きがなつめさんだと言うのなら、私が挨拶した人と違うなつめさんがいることになる。それくらい、月緋さんの振る舞いはなつめさんからかけ離れていた。
「たしかに、宴会場での黒井守なつめとは様子違ったけど。酔ってたんじゃない?」
柚希みたいに、と続けた月緋さんに反応するように『俺酔ってないー』と無理のある嘘をつく先生。めんどくさいので誰も相手にしない。
「今から人を連れ去るのに、酔っとく必要ありますかね」
なつめさんの計画だったら、応答したのは私で、怪しまれないように素面でいる方が賢い選択だ。
相手に違和感を植え付けるほどの大げさな動きは、素のなつめさんが意図的に行ったことになる。それ以前に、一度会っただけの私を狙う理由が分からない。監視カメラが近くにある部屋であるのに狙ったのも、少し準備不足なんじゃないかと思う。
思いつきで私を連れ去ろうとしたんじゃないだろうか。
それを前提に考えると。
「月緋さん、私を一旦誘拐してみてくれませんか?」
どうやら考え込み過ぎていたようだ。声をかけようとしていたらしい目の前の金髪を軽く驚かせてしまう。それでも言いたいことは伝わったようで、実体のないスーツケースを手に部屋に再び入ってきた。ドアストッパーを外してドアを閉める。
「正直私はこの時点で警戒してますよ」
数字の色と時間の近さに強い違和感を持っただろう。月緋さんは適当に、「作品見せれて嬉しいとか言ってんじゃね」といかにも言いそうなことを言った。
「……ここで、なんか口実作って泉璃にスーツケースを開けてもらう」
「私の視界からなつめさんを消すってことですね」
私はしゃがんで、床に置かれたらしいエアスーツケースを開けてみせる。気分だったので抹茶シェイクを飲むとリアリティを指摘された。月緋さんは何しているかと見てみると、上着をかけた椅子の近くでスマホを充電している。
「リアリティ」
「作品はライト使うのでちょっと準備しています泉璃サン」
苦しい言い訳をしている月緋さんは、とっくに音声通話に切り替えてたらしく「あんま飲みすぎんな」とスピーカーの向こうに声をかけている。
私は視線を床に戻し、チャックを開けるふりをしていると、頭にチョップを食らった。痛くもない頭を押さえて振り返ると、右手を手刀にして見下ろす月緋さんが目に入った。
「……意外と一瞬なんですね」
率直に感想を述べると、月緋さんはふっと鼻で笑った。
「泉璃、連続殺人犯を見たみたいな目してた」
いたずらっこみたいな笑い方をする月緋さんを見て、内心安心する。
「月緋さんこそ、連続殺人犯みたいな顔してましたよ」
まるで自分が無機質になったような、そんな視線を向けられたのは初めてだった。
「役者にでもなろうかな」と冗談を抜かす横で、無意識にあくびをするとリアリティを指摘された。
「今鈍器使ったつもりなんだけど。生死問わず」
たしかに、凶器を持ってこなくとも、ここにはテーブルランプや折り畳み式の鏡、備え付けのボールペンなど、凶器になりそうなものはいくらでもある。
「今ので気を失ったていにして、俺は泉璃をケースに詰める」
そして手刀についたらしい血をティッシュで拭く真似をした。
「それどうするんですか」
凶器の指紋や血液をふき取るのに使ったはいいけど、そんなの持ち帰ったところで犯人だとばれてしまう。月緋さんはスマホに呼びかけた。
「柚希ならどうする?」
先生は少し唸った後、『ごみ箱に捨てて窓開ける』と呟いた。いかにもサイコパスらしい回答に背筋がヒヤッとする。月緋さんは「外部から来た人間がやったことにすんのね」と妙に納得していた。それでいこう、と月緋さんはごみ箱に捨て、窓を開ける。ケースに詰められたていの私は、このまま詰められたふりをするのは難しいため、シミュレーションをやめてベッドに腰かけた。
月緋さんはスーツケースを持ち、ドアを開ける。何気ない様子で部屋の外に出て行った。私はそれを見届けると、また部屋に入ってくるように促す。
「なんか分かった?」
役目を終えた月緋さんは私と同じベッドに座る。こっちの方が充電されているスマホに近く、先生の声も良く聞こえた。
『見てない俺が言うのもあれだけど、杜撰だね。むしろ今回は犯行に及んでない方が犯人にとって良かったくらい』
それは私も思った。外部の人間がやったていにするのにも、無理がある。
しかし、自分が疑われないためには、自分がやってないことだけを証明すればいいのだ。
「泉璃は?」
月緋さんの問いに、私は頷く。
「多分ですけど、なつめさんの大げさな身振りの理由が、分かりました」




