48.共有と推測
月緋さんは、相手を待たずにミュートボタンを押す。先生には声が聞こえなくなった。
「ごめん急にあの人呼んで」
「別に構いません。それより、ここだけで共有すべきことはあるかと思います」
電話しながらも気になっていたことを伝える。
「今回も、私と月緋さんで時間の色は違いますね?」
「……そうみたい」
薄々分かっていた。月緋さんと私の危機感の違い。
「俺の方は言うまでもないんだけど。ひどさの程度とか言おうか?」
「大丈夫です」
快楽目的な殺人犯の願いが目に見えるなんて、どれだけ残酷だろうか。
「むしろよく立ってられましたね」
掘り返すのはかわいそうだけど、昼間の現場のことをつい思い出してしまう。離れた場所であれほどだとしたら。一方で月緋さんは昼よりは平気そうに見える。
「帰り見かけたし。それなかったらやばかった」
やっぱり、あの時視線の先には彼がいたらしい。スマホの向こうでは、『セットにしようと思ったんだけどさ、単品とポテトにしちゃった。ドリンクは家にあったやつでー』と瓶の音を立てながら、未成年にはまだ早い種類のものをつらつら紹介している。月緋さんは無視を決め込み、私に色を訊ねた。
「私はピンクでした。最初に会った時からずーっと。甘ったるいほど」
私の返事に、予想通り月緋さんは自分の口に両手をあて、目を見開いた。多分この人は、犯人自体に引いているというより。
「泉璃と違すぎて吐きそう」
私たちが共有することで、月緋さんの主観ではあるものの、一応の世間一般的な罪の感覚と、本人が抱く罪への自覚、または相手に与える痛みのむごさが分かる。けどそれはこんな最悪な事件じゃない限り、めったに分からない。
要するに、犯人の認識の歪みを、本人以外から受け取る。そのことが耐えられないのだろう。
「吐くならここ以外でお願いします」
「別に吐かないからね」
月緋さんは冗談をアピールするためか、両手を広げ何もないかのようにひらひらと振る。「なんか前もこんな時あったね」とも言う。ミュートを解除すると、今もぐだっと話している柚希先生に話しかけた。
「今から話すんで聞いてくださーい」
向こうの確認が取れたので、月緋さんは気を取り直す。
「まずは、スーツケースを持ってきてたこと。すっごいでかいやつ」
『作品を持ってきたんでしょ?』
「それにしては軽すぎだった。足が当たるだけで動いたし」
月緋さんからしか分からない情報が発表されていく。先生の『どんくらい大きかった?』という質問に、「俺が丸まってギリ入らないくらい」と答える。
『おっきい』
私は小さく手を挙げて、疑問を口にする。
「今考えると、そもそも作品持ってきたってのがおかしくないですか?普通、部屋に呼ぶ方が壊れるリスクも少ないと思います」
『作品を見せることが目的ならね』
まるで酔いも何もないような声で、先生は言った。月緋さんは一度手を叩く。バーガーはいつの間にかなくなっている。
「そこで、故意犯な柚希に犯人の思考回路について教えてほしくて」
『ええと不名誉なんだけど、切っていい?』
「否定しないんだ」
『合ってるからね』
月緋さんが言っているのは薊くんのことだろう。信じられないけど、先生に踊らされたといっても間違いじゃない。柚希先生は今は学校では大人しいけど、また何か企むかもしれない。それはそれ、ということで今回教えを乞うているわけだけど。
『推理まがいなことはできるけど、情報が足りない。そもそも本人じゃないし。あとその人は絶対未必の故意とかじゃないでしょ』
お酒が回っているのかよく喋る。そして「推理はそっちの仕事でしょ」とかは言わない。頭が回っているようで、恐らくいつもより回っていない。
スマホの向こうから、『とりあえず最後まで話してよ』と声が聞こえる。私がゆっくり食べ進める隣で、月緋さんは続きを話し始めた。
「後は、ドアがはやく閉められたことー、そもそも作品持ってきたこと―、周りが黒かったことー」
『わーそれは怪しいー』
ふにゃっと指を折って数える月緋さんに、酔った先生は適当に合わせる。最後のはよく分かってないはず。
「あと10秒だったのに止まって崩れたこと―」
さらっと怖いことを言ってくる。先生は『何言ってんの』と急に冷静。やっかいな性格になるタイプだ。「柚希酒飲んでないだろ」と金髪も口をへの字に曲げる。先生は軽い缶の音を響かせながら、『2本空いてるよー』とアピールしてくる。ノリがやだ。
「まあ大体こんな感じで、犯人って思った」
『つまり言動がかみ合わないってことね』
隣で相槌が聞こえる。
「はやくドア閉めたのも、後ろ姿見られたらまずいんじゃないかって思った。ドラマで見るビリビリするやつ、ポッケに隠してたとかありそう」
『スタンガンは気絶するほど威力ないよ』
「何で知ってんだよ」
「スーツケースを転がすところを見られたくなかったんじゃ。軽さがばれてしまうから」
私が呟くと、「実際ばれてるけどね、あるかも」と賛成が一票。もう一人は反対側ではなく、ただ飲むタイミングが重なっただけだった。ほんとにいつまで飲むんだろう。
「じゃあそれを踏まえて、柚希教えて」
『投げやりだなー。俺が生徒踊らしてたってのは気づくのに、こういうのは分かんないんだー』
うざめな口調で先生は言った。生徒がいるにもかかわらず、分厚い面がはがれてきている。
『明日犯人が何します―とか見当もつかないだろうけどさ、今何しようとしたかくらい二人で推理できるでしょ』
先生の言葉に私たちは顔を合わせた。昨日は推理していないって話をしたばかりだというのに。
『あれだってそうじゃん。警察署に集まって薬品の話をしてのもさ、糸端さん嫌なとこ注目してたし。結果は推理で解決できてなくても、俺のこと気づいたのは嫌な奴らって思ったんだから』
本性を知る私たちにはいい顔する必要がないためか、どんどん話し続ける。
「それ褒めてますか?」
『褒めてるよ。立場的に都合が悪かっただけで』
だいぶ酔いが回っているようだ。あくびをする声が聞こえる。月緋さんも「寝ないでー」と声をかける。かろうじて聞こえる返事に、呼びかけるように口元に手を添えた。
「また俺らの推理聞いてくれる?」
『はーい』と手を挙げたような返事を受けてから、月緋さんは小声で「俺らやっぱ探偵のバディだろ」と呟いてこっちを見てくる。
「野次馬じゃなくてよかったですね」
私たちは自信を取り直し、一人の聞き手に向けて披露することにした。




