45.パーティーにて その2
「お姉さま、少し早いけど、お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます」
華里奈さんに続いて私たちもお辞儀をする。忘れかけていたけれど、今日は深由さんの誕生日ではない。事件解決のために誕生日会を早めてくれたのだ。さっきの重丸さんの言葉が耳に残っている。
ここまでしたんだから、解決してよね。
そう言っているようにも聞こえた。
深由さんは変更を快く引き受けてくれたけど、内心どう思っているのかなんて分からない。気がかりなのは数字だ。現状を不満足に思っているかもしれない。
頭の数字は、昨日と変わらない色をしていた。数字だけが、刻一刻と、明後日に迫っている。
月緋さんも気づいているようだ。ちらっと数字を見るも、理由が分からないからか小さく首を傾げていた。
深由さんに挨拶をした後、誕生日プレゼントを渡すのが恒例らしい。華里奈さんは家に送るから見てほしいと、太陽さんからは、教授から預かっていたというカタログギフトのパンフレットを、持っていた袋ごと渡していた。立場的には親戚のおじさんなので、深由さんは困ったように笑いながら、「おじさまはまだ私を子どもだと思っているのね」と実の妹と笑いあった。華里奈さんも、私たちに向けていたとげとげしい態度なんか一ミリも見せなかった。
「今の姉妹っぽいね」と月緋さんが小声で話しかけてくる。私も、柔らかい雰囲気の深由さんを、そのまま写したような態度の華里奈さんにひどく感心した。
「二人は何用意したの?」
太陽さんが横から言ってくる。私たちの腕には、細長い紙袋がかけられている。さっき買ったプレゼントだ。
即興で用意したものとは自分から言えるはずがない。でも逆に言った方がいいのか?正直である方が好印象だよね。
ちらっと月緋さんの様子をうかがうと、月緋さんは迷うこともなく、片手を突き出すように、深由さんに紙袋を差し出した。
「俺たち、用意してなくてさっき買ったものなんです。誕生日おめでとうございます」
私も言葉と一緒に渡す。急に用意したものではあるけど、気に入ってもらえると嬉しい。
深由さんは、「気にしなくていいですよ」と微笑みながら受け取ってくれた。
「中身を見てもいいかしら」
私が頷くと、深由さんは二つの袋を覗き、そして中身を取り出した。表情は数字の色に合わず、嬉しそうだった。顔がほころぶというのはこういうことなんだろう。私はなぜか照れてしまった。
「お花ですか。ありがとうございます」
私と月緋さんは、大慌てでホテル内を走っていた途中、偶然見つけた移動式の花屋さんで花を買った。
私が贈ったのは白いユリ。深由さんに一番似合うと思って選んだものだ。1輪だけだと寂しい気がして、3本を束ねたスリムな花束になっている。「センスいいー」と太陽さんが褒めてくれた。
今更だけど、花言葉とか気にしてない。変な意味だったらどうしよう、と恐る恐る様子を窺ってみる。私たちを値踏みするように見ていた華里奈さんが、驚いたように眉を上げた。
「あなた、意味を分かっててお姉さまに?」
私は背筋が凍る。その言い方的に、まずい感じなんじゃないだろうか。
ゆっくりと華里奈さんの方に視線を移動すると、華里奈さんは笑顔で深由さんを見ていた。
「お姉さま、白いユリの花言葉は純潔や無垢ですの。お姉さまにぴったりだわ」
どうやら華里奈さんには高評価のようだ。紛らわしいな。ぴったり、と言われて深由さんは笑顔になる。でも数字は、悲しさを増幅させていた。月緋さんも気づいているのだろう。黙って二人を見つめている。太陽さんは特に気にすることもなく、狗井教授というワードが聞こえたグループの方にふらーっと行ってしまった。彼には彼の仕事があるのだ。
「……詳しいんすね、花言葉」
月緋さんが華里奈さんに言うと、華里奈さんは深由さんに向けていた笑顔をそのまま持ってきた。
「ええ。素敵な趣味でしょう?なつめも褒めてくれるのよ」
「なつめ?」
月緋さんは疑問を口にしたけど、すぐにその話をやめた。華里奈さんがなつめさんの話をする前に、「僕からのも見てください」と深由さんに促す。慣れない一人称を持ち出してまで、月緋さんが行動したのには理由があった。
深由さんが、怖かったのだ。
正確には、その数字。華里奈さんが話をした途端、ぶわっと紫色が周囲に広がったのだ。でもそれは一瞬のことで、私が瞬きをしたら元に戻っていた。
深由さんは、恋人を愛する華里奈さんのことが嫌いなのだろうか。
今も、深由さんの頭上の数字は、明後日に向けてカウントダウンを始めている。何が起こるのか、推理をしたことのない私には見当もつかない。
数字とは打って変わって、深由さんの表情はとても穏やかだ。今も、月緋さんが贈った花を見て喜んでいる。
「これは何のお花ですか?」
月緋さんは青くて縦長な花を8本ほど束ねた花束を買った。名前は確か。
「デルフィニウムね。花言葉は清明や高貴。『あなたは幸運を振りまく』なんて意味もあるわ」
ここでも華里奈さんが頷きながら解説する。姉にぴったりな花が贈られて嬉しいんだろう。初対面の時よりも明らかに機嫌がいい。そして深由さんも、華里奈さんの解説に感心するように相槌を打った。さっきと違い、数字の色に変化はない。
すると、華里奈さんは顎に手を当て、考えるように首をかしげた。
「でも、なぜこの花を選んだの?今の時期、他にも素敵な意味を持つ花は多いわよ。しかも、デルフィニウムは毒を持っているのに」
よりによって余計なことを言ってくれる。花に明るくない月緋さんのことだ。毒があることなど知らずに買っただろう。私も今知ったんだし。
「色が似合うと思ったから?テーマが海だって聞いてたし」
月緋さんは何も隠すことなく伝える。両手を小さく広げて、手のひらを天井に向ける。深い意味はないとアピールした。その態度が気に入らなかったのか、華里奈さんは「偉そうね」と眉間に眉をひそめる。
「華里奈」
深由さんが一言そう言うと、突然ばつが悪そうに態度を改める。深由さんは私たちの方に向き直ると、まずは笑顔を見せてくれた。
「プレゼントありがとうございます。こうやって花をもらうことは初めてだったから、新鮮で嬉しいです。来年からは、皆さんから一輪ずついただくのも楽しいかもしれないですね」
本人ウケがよかったようで安心する。「良かったです」と私が言うと、叱られたての華里奈さんは深由さんの死角で複雑な顔をした。深由さんは「それと」と話を続ける。華里奈さんの両肩に手を当て、私と目を合わせた。
「華里奈と仲良くしてやってください。嫌な態度をとるけど、本当は仲良くしたいと思います。学校でも友達がいないみたいだし。嫌なことを言われたらいつでも私に言ってくださいね」
突然こんなことを言われ、私は困惑する。もちろん、一番いたたまれないのは華里奈さんだろう。気に入らない奴に学校でのぼっちを知られ、大好きな姉が憐れみを込めて仲良くなってあげてほしいと頼んでいるのだ。表情から気まずさが感じられる。
「い、いやでも、華里奈さんの問題もあるでしょうし」
「華里奈と泉璃さんは友人なんです。さっきから思っていましたけど、華里奈のその態度は友人に向けられるものじゃないです」
広い会場にいる今、設定という事実は伏せておく深由さん。華里奈さんは唇をぎゅっと結んでいる。
「華里奈は態度を改めること。いい?」
尊敬する姉に言われ、華里奈さんは頷くしかない。深由さんはきっと、宴会場の外での出来事を見ていたからこそ、目に余ると判断し、こうしてくぎを刺しているのだろう。たしかに最初はひどかったけど、質問にはちゃんと答えてくれるし、その辺のいじめのように、わがままを押し通すようなことはない。
むしろ、こっちの成人男性二人のいじりのせいで、かわいそうなときもあるのだ。
華里奈さんの様子を気にすることもなく、深由さんは話題を変えた。
「ところで、お二人は恋人だったりするのですか?」
隣で大きくせき込む音が聞こえる。絶対にあり得ないことは互いにわかっているけど、この会場では一芝居打つ必要がある。深由さんはきっと、私たち本来のプライベートについて聞いたんだろうけど。
これから人に晒せないような恋人ごっこを見せるのかと覚悟を決めていたところを、突然華里奈さんが「お姉さま!」と止めてくれた。さっき叱られたとは思えぬほど、ぱっと明るい笑顔になっている。
「なつめとお師匠さんたちがいらっしゃるわ。きっとお姉さまに挨拶したいはずだから行きましょう」
これは私たちへのフォローではないようだ。華里奈さんの視線の先には、なつめさんと和装の男の人が何人か見える。
月緋さんが「なつめ、ねえ」と呟いたのは二人には聞こえなかっただろう。深由さんは華里奈さんについていこうとして、私たちに軽く挨拶をした。
「妹をよろしくお願いします。またあとで」
おっとりした笑顔を向けられたから返してみる。
ただ、すれ違ったときの深由さんは、笑っていなかった。




