44.パーティーにて その1
華里奈さんに連れられて宴会場の中へ入る。
開始時刻まで15分ほどあったけど、既に数十人は会場に集まり、グループを作って談笑していた。しゃぼんの色からピンクまで、みんなの頭上の数字はポジティブであることに安心する。それと同時に、深由さんがどれだけ愛されているのかも身にしみて感じた。
水色を基調とした装飾は、やはりテーマである「海」をイメージされている。壁一面水色の布で覆われ、等間隔で藍色のリボンが垂れ下がっており、先端から追いかけるように視線を移動させていくと、壁にある全てのリボンは、天井の中心にあるシャンデリアに集まっていた。あそこまでどうやって行くんだろう、と考えてしまう私はきっと、庶民の感覚が根付いてるんだろう。
それにしても、会場全体は壁の布のせいか、私たちの衣装とほとんど変わらない色をしている。
「月緋さんここの空間だとどこにいるか分かんないですね」
「誰がスカイブルースーツだ」
「何も間違ってませんから」
「そういう泉璃も分かんなくなるから」と反撃してくる。二人して壁に突っ立っていたら、それこそ透明人間になれてしまうだろう。
会場全体に小さな丸いテーブルが点在しており、そこが立食スペースになっているらしい。奥にはちょっとしたステージがあり、重丸さんが端っこでスタッフと話をしていた。
「お姉さまのお義父さまに先に挨拶に行くわよ。ある程度の作法は身につけてるはずだけど、気を付けて頂戴ね」
華里奈さんがこちらをじとーっとにらんでくる。あれだけコケにされちゃあ、私たちのマナースキルを疑うのも仕方ない。一応、衣装を試着した時にある程度のこういう場でのマナーは教えてもらった。やったことがないだけで、人並みのへまをしなければ大丈夫。
「そういえば華里奈、サンってさあ、親は一緒に来てたりしてないの?」
「両親は仕事よ。私が狗井の代表として出席させていただいてるの」
学生だというのにしっかりしている。きいた月緋さんも「しっかりしてるー」を頷いた。
「会社継ぐの?」
太陽さんの質問には首を横に振った。
「兄が継ぐわ。今は出張で海外にいるから」
それで私が、と華里奈さんは歩きながら、ドリンクを差し出してきたスタッフにほほ笑んだ。一つ受け取り、また歩き出す。
「どうぞ」
私たちも同じように受け取ると、「調子はどうですか?」と続けて話しかけられた。前髪を右目の上で分け、黒いふちの眼鏡をかけた男性に、最も速く反応したのは月緋さんだった。
「松さんじゃん」
「ちょっと、もっと声小さくして」
松さんは姿勢を正し、まるでホテルの専属スタッフかのように丁寧に振る舞う。遠目で見れば、ここがつながりがあるなんて考えないだろう。声色と表情だけが、いつもの松さんを保っていた。
「どうって言われましても、あんまり仲良くできなさそうですよ」
小声で私が言うと、松さんも小声で答えてきた。
「いいのいいの、本来の目的が知られないように、あと探偵だって広められないように気を付けてもらえればいいから」
「さっき言ってましたよ、彼氏さん?に。探偵のこと」
「え」
固まる松さんと、「いつ?」とその場にいなかった月緋さんとで質問攻めにあい、会話がごちゃごちゃしてきた。いつどうやって説明しようと考えていると、一人で先に進ませてしまっていた華里奈さんが戻ってきてしまった。
「ちょっと。何を話していたの?」
最も説明してはいけない人だ。どうやってごまかそうか、松さんがあたふたする前に、太陽さんがごまかしてくれた。
「トイレの場所聞いてただけー、ごめんねー華里奈ちゃん」
華里奈さんは「さっき行ってたじゃない」と怪しみつつも、太陽さんが程よく対応してくれたおかげで事なきを得た。松さんに親切なスタッフとしてお礼を言い、移動する。
一度振り返ってみたら、奥の方で女性のスタッフに連れられる松さんが見えた。多分あっちが葉賀さんだろう。叱られるに違いない。
「ナイス太陽」
「どーも。得意なんだよねえ」
後ろで男二人の会話が繰り広げられる。太陽さんは女の子の問い詰めに対して上手くごまかすことができるそうだ。「遊ぶのさえ辞めたらなあ」と月緋さんが太陽さんの数字を見ながらつぶやいている。今のところ、改善する見込みはなさそうだ。
その後はスムーズに重丸さんのところに行くことができた。いつの間にか、隣にふきさんや重虎さん、そして深由さんもいる。なかなかタイミングがよい。
深由さんは上から下にかけて、エメラルドグリーンから黒へとグラデーションになっているドレスを着ていた。パールもふんだんに使われていて、まるで深海を切り取ったような美しい装いをしている。この短時間でよく着替えられたと感心するけど、顔はよく見えなかったし、大きな布でくるむように立っていたから、もしかしたら既に支度は終わっていたのかもしれない。
ふきさんはお着物で、重丸さんと重虎さんは落ち着いたカーキのスーツだ。
思っているより落ち着いた色味で驚いたが、赤いドレスを着た華里奈さんについてきている今、淡い色味の衣装が浮くかもしれない、なんて心配は全くなかった。
華里奈さんが堂々と重丸さんの前に立つと、美しい所作でお辞儀をした。
「お招きいただきありがとうございます。狗井博の代理で参りました。華里奈です」
「おー華里奈はん。久しぶりやなあ」
笑顔で迎える重丸さんと会話を交わした後、華里奈さんはふきさんたちにも会釈をしつつ、深由さんのもとへ向かった。
続いて太陽さん。
「狗井先生の代理で参りました。恩田太陽です。本日はお招きいただきありがとうございます」
すごくしっかりしている。狗井教授が任せた理由も、なんとなくわかる気がする。太陽さん、こう見えて、要領とか地頭がいいタイプなんじゃないだろうか。重丸さんも、笑顔で太陽さんの肩を叩いた。
「狗井くんの代わりに挨拶回りがんばってな。立場上華里奈と親戚やさかい、なかなか大変や。きっと相手も分かってるやろうし、重要な話は断って、気楽にな」
私たちも、二人で並んで同じように挨拶をしてみると、重丸さんは満足そうに頷き、そして耳元でささやいた。
「君たちには期待しています。二人やけど、きっと恩田はんより大変やで。がんばってな」
なまっているだけの敬語が怖い。私たちは引きつった笑顔を見せて、深由さんの元へ向かった。




