43.カリナ
何とかプレゼントを用意できた私たちは、部屋に戻る余裕もあり、スニーカーとスリッパをそれぞれ履き替えることに成功した。服と靴がちぐはぐな格好は、帰り道に会った葉賀さんから「なんて格好してんだ」と叱られかけたが、近くにいた松さんの「今流行ってんじゃないですかね」という謎フォローのおかげであまり言われずに済んだ。なんで。
今度こそ身だしなみを整え、かばんを持つ。全身を鏡でチェックした後、部屋を出た。廊下で5人全員の集合を確認する。プレゼントを買うときには気がつかなかったけど、既に太陽さんも準備をしていたようだ。再会の挨拶ついでに髪型を褒めてくれる。
「太陽はプレゼント用意してんの?」
月緋さんはにやつきながら話を振った。正直、失礼ながら私も、この太陽さんが用意しているとは思えない。しかし、深海を描いたような深い藍色のスーツに身を包んだ太陽さんは、引き締まった色には合わないへらっとした様子で頷いた。
「教授から預かってる」
なんだよ、と月緋さんは残念そう。首が据わってない。
警察のお二人は昨日話したように接客係の制服を身につけている。普通にほかのスタッフと業務をこなすらしいので、私たちと顔見知りであると周囲に知られるのはよろしくないらしい。簡潔に流れを説明されて、いざ会場へ。
パーティーに参加する前に、カリナさんに挨拶に行かなくてはならない。葉賀さんたちは挨拶をしないそうだ。事件解決のために来たというのを悟られないようにするためらしい。かなり徹底している。
月緋さんと偏見を話し合ったばかりで気まずいけど、逆に期待を裏切られて申し訳なく思えるくらいの相手だといいな。
と思ってたけど。
「あなたたちが探偵?見えないわね」
赤いドレスに、赤い靴、赤いリップ。派手な衣装が似合うのは、目鼻立ちがはっきりしているおかげ。長い金髪は縦ロールに巻かれ、ハーフアップをしている彼女は、両腕を前で組み、従者を一人、後ろに控えさせながら、失礼にもそう言ってのけた。
宴会場前の廊下で軽く挨拶することになったものの、こちらの自己紹介から第一声はあり得ない。ほんとに深由さんの妹なんだろうか。松さんと葉賀さんはさっき「失礼の無いように」とだけ言ってスタッフルームに行ってしまったため、ここには失礼で返さないまともな大人はいない。
「正確には俺は違うよ」
「それ地毛なの?」
「あなたたち失礼ね」
男二人のタメ口にカリナさんは顔をしかめる。と思ったけどその顔は私にも向いた。
「お姉さまとはれっきとした姉妹よ」
え口に出てた?左に立つ月緋さんの方を見ると、「顔に出てた」と教えてくれる。そんなの分かるもんなんだろうか。一応小声で謝っておく。
「で地毛?」
「月緋さん先名前訊きましょう」
「なんかこんな感じの悪役令嬢いたよね」
ペースを乱さず月緋さんと太陽さんは攻撃する。従者さんがかわいそうな顔してる。カリナさんは一度咳ばらいをして、私たちの注目を集めた。
「私の名前は狗井華里奈。中華料理の華に、里、奈良県の奈で華里奈よ。みなさん狗井食品はご存じよね。お菓子からカップ麺まで、あらゆる加工食品を販売している日本の大企業よ?」
「中華料理って言った」
「染めてるよね?」
なんか語彙がほんの少しだけ庶民よりな気がする。ほんの少しだけ。失礼な成人男性の言葉をスルーするスキルも一応持ち合わせているようだ。
「私の高校はマナーこそ厳しいけど、基本的には自由な校風でしてよ。大人しい子が多いけど、別に私が違反しているわけではなくて」
「尖ってんだ」
月緋さんが頷いた。この人敬語を使う人を選んでやってんのか?太陽さんも似た感じだし、ただ私はハラハラしている。「尖ってないわよ」と金髪不良お嬢様は、とうとうムキになってしまった。
あれ、っていうかさっき探偵って華里奈さん言った?
「なんで私たちが探偵だってご存じなんですか?」
華里奈さんは「何よ!」眉間にしわを寄せたままこちらを向いた。私はイライラの流れ弾を食らう。
「なんでって、お姉さまから聞いたわ。燐呼が外に出たがらないのを解決しに来ると」
咳ばらいをして、派手な彼女は両腕を組んだ。「あなたたちにできるとは思えないけれど」と余計なことを言ってくれる。
そういうことになってるのか。これは話を合わせなくては、と月緋さんの方を向くと、月緋さんも「なるほど」と把握したようだ。一応、ちゃんと話は聞いているらしい。私たちが変なところで感心してるせいで、嫌味に反応がない華里奈さんは少し困惑していた。
「俺ちょっとトイレ行ってくるー」
マイペースな太陽さんが、突然くるりと背を向け、会場とは反対方向にあるお手洗いに向かった。続いて月緋さんもついていく。
「勝手な人たち」
華里奈さんのつぶやきに、今だけは私も大きく同意する。
私は華里奈さんと残されてしまった。さすがに、お手洗いに誘うのはよくないだろう。そもそもお嬢様って、そういう文化あるんだろうか。とりあえず、私は当たり障りのない話題を振ることにした。少し不機嫌そうな華里奈さんは両腕を組んだままだけど。
「華里奈さんはいつもは京都にいませんよね」
狗井食品は東京に本社がある。本社がある場所に住んでるというのは少し短絡的だろうが、華里奈さんは頷いた。
「ええ、いつもは東京に。今回はお姉さまのお誕生日会があるから。今日と明日、二泊して帰るわ」
少し高圧的な雰囲気があるけど、悪い人ではないようだ。質問には普通に答えてくれる。そういえば、と思い、もう一つ質問してみた。
「太陽さんは今回狗井教授の代理で来ているんですけど、もしかして親戚だったり……」
「お父さまのいとこにいるわ。京都で大学の先生をしているという方が。その方じゃないかしら」
また淡々と答えてくれる。表情が変わらないので不機嫌なのかも分からないが、話したくないわけではなさそうだ。
「燐呼ちゃんの問題を解決しに来た」探偵として話をすり合わせるため、いくつか質問をしようとしたところ、誰かが私の右側を横切り、華里奈さんの肩に手を置いた。
「やあ、華里奈」
優しい声の男の人を、華里奈さんは満面の笑みでこう呼んだ。
「なつめ!」
なつめ、と言われたこの人は、ハイヒールを履いている華里奈さんよりも拳2個分ほど背が高く、落ち着いた深緑のスーツを身につけていた。
「こちら、燐呼の件の探偵さんよ」
華里奈さんの紹介に答えて私が挨拶をすると、男の人は「探偵ね」と驚いたのもつかの間、優しくほほ笑み、名乗ってくれた。
「僕は黒井守なつめです。名前はひらがなだよ」
「珍しいですね」
私は率直に思ったことを述べると、なつめさんは「よく言われます」と柔らかい雰囲気を醸し出してくる。華里奈さんは彼を自慢げに紹介した。
「なつめは私の彼氏よ。芸大を出ていらして、粘土で作品を作っているの。今は京都で修行しているのよ」
華里奈さんに補足するように、「最近はふくろうとか作ってます」と言った。同じ芸術肌でも、怪獣のような夕璃とはえらく違う。植物のような穏やかさがある。
ところで、私は探偵と紹介されてよかったのだろうか。秘密にしているべきでは?重丸さんの話によると、私と華里奈さんが同級生ということで今回招待されたていになっているのだけど、華里奈さんのこの様子を見れば、恋人であるなつめさんに嘘をつくのは難しそうだ。頭上の数字はパーティーの開始時刻を逆算したものだけど、遠距離恋愛中の彼氏と実の姉、どちらを優先するかにかかっている。
対してなつめさんの数字は会った瞬間に0になったばかり。しかも、色は甘ったるいほどのピンク。恋愛がらみだろう。こちらも、彼女との再会を心待ちにしていたに違いない。観察を続けていると、運よく考えていることが伝わったのか、華里奈さんが私の情報を上書きしてくれた。
「泉璃は同級生なの。お仕事として探偵をされていて、それで」
「なるほどね。少し若いなと思っていたけれど、華里奈の友人だったとは」
友人、という言葉に華里奈さんは何か言いかけたが、笑顔を作ってごまかしていた。どういうことだろう、と華里奈さんの視線の先をさりげなく見てみると、深由さんが壁際に立っていた。地味な格好で気づきにくいが、数字が一緒、顔合わせの時と同じく少し悲しげである。どうやら、話を合わせるように圧でも送っていたらしい。
優先順位は実の姉の方が上のようだ。私も話を合わせようとしたところ、なつめさんが先に質問をしてきた。
「二人は仲はいいの?ほら、身長が近い人とは親密度が高いっていうし」
そんな話は初めて聞いたし、身長も私の方が低いだろう、と突っ込もうとしたがやめた。私と違い、華里奈さんは高いヒールの靴を履いている。二人して裸足で並べば、大して変わらないだろう。心なしか、体格も似ている気がする。私が華里奈さんのような派手な格好をすれば、後ろ姿は双子と思われても仕方ないほどだ。
しかし、今はそんなの関係ない。問いに嘘で答えなくちゃならない。
私と華里奈さんは、普段仲はいいのか。もちろん仲良くないとこんな身内のパーティーに呼んでもらえないだろうが、でも私たちは今日が初対面。しかも、おそらく相性は悪い方だ。ここで私が変に動くのも良くないだろう。
どうしようかと心の中で困っていたところ、まさかの華里奈さんがうまくごまかしてくれた。
「あいさつ程度の仲だから分からないわ。お誘いしたのも、燐呼のためだもの」
なるほど。あまり仲良くないけど、「探偵」ということを聞いて、あくまで燐呼ちゃんのために招待しました、という設定。ここまで嘘が上手だとは。自然すぎる返答に拍手したくなる。せっかくの噓がばれるからしないけど。なつめさんは納得したようで、「姪っ子思いだね」と彼氏として華里奈さんを褒めていた。
月緋さんたちがそろそろ帰ってくる頃、なつめさんは修行先であるアトリエの師匠の元に戻らないといけないらしく、軽く挨拶だけしてどこかへ行ってしまった。
入れ違うように月緋さんたちが戻ってきた。
「仲良くなれそう?」
月緋さんが耳元に手を添えて訊いてくる。なつめさんのことを話すにはタイミングが悪いので「ぼちぼち?」と素直に感想を述べる、と華里奈さんは「聞こえてるわよ」とにらんできた。
「もうすぐ始まるわよ。ついてきなさい」
華里奈さんがくるっと背を向け、会場の方へ歩き出す。悪役令嬢みたいな見た目とは裏腹に、面倒見のいい人柄なのかもしれない。
「さっき華里奈ちゃんの高校調べたんだけどさあ、偏差値71なんだって、高くない?」
「俺らついてく感じ?もう行かなくて良くね?」
「ついてきなさい!」
すっかり華里奈さんはいじられキャラになってしまっている。「何笑ってんのよ」と華里奈さんにつっこまれるが、私は気にせずいじられ華里奈さんを見守っていた。




