42.おめかし
私の衣装ミス以外で、トラブルといったトラブルは特になかった。私と松さんが戻る頃には、とっくに話は終わっていて、部屋に戻る月緋さんと葉賀さんに出くわしたほどだった。松さんは葉賀さんに事情を説明し、「こんなとこでも変なミスあるんだ」と月緋さんは不思議がっていた。
対して、勘一郎さんの方は月緋さんがうまく話を切り上げたらしく、最後まであの場にいられなかった私たちにもよろしく、と勘一郎さんが言っていたことを葉賀さんが教えてくれた。
「この後は特に予定はありませんので、集合時間まで各自で過ごしてください」
葉賀さんの指示でまた部屋の前に戻る。私が、どこか出かけようかと考えていると「スマートフォンを持ち歩くこと」と今朝の反省を促された。既に誰かしらのピンクは消えている。喜びの色にも見え方の違いがあるから、月緋さんから見たら何色になるか気になったのに。そういう月緋さんは太陽さんに電話をかけている。暇らしい。私は挨拶だけ済ませて、3人よりも早く部屋に戻ることにした。
とりあえず手洗いうがい。そして流れるようにベッドに腰かけ、ハンガーで吊るされたワンピースとその下に置かれた靴、すぐ近くの机にあるバッグのレンタル一式を見てみる。我ながらいいチョイスだと思う。後で月緋さんに見せるのが楽しみだ。せっかくなのでそのまま横になってみる。行儀は悪いけど誰も見てないので許してほしい。
今更気にするのもどうかと思うけど、なぜか私たちは皆、ツインベッドの部屋に通されている。広々としていて快適だけど、本当にあっているのか不安になる。二人用の部屋を一人で使ったことなどない。宴会場からも遠いし、何か目的があるように思えるけど、今思いつくことはない。
事件とは関係なさそうなので、いったん考えるのはやめておく。私は勢いをつけて起き上がり、涼しい部屋の中、効率重視で少しだけ持ってきていた夏休みの課題を進めることにした。
もう少し持ってくればよかったかも、と少し後悔していたところに、タイミングよくドアがノックされた。「おーい」と聞こえてくる声からして、もうこんな時間か、と私はドアへ向かう。
「月緋さん」
ドアを開けて姿を見ると、既に衣装に身を包んだ月緋さんがそこにいた。パステルブルーのスーツに、シャツに、ネクタイ。晴れた空を飛んでいれば気が付かないだろう。髪もセットしてある。いつものふわっとした感じはなく、7:3に前髪を分け、後者は後ろに流している。こういう髪型したビジュアル担当のアイドルを、希葵に見せてもらったことがある。
「……気合入ってますね」
上から下まで見て私が言うと、月緋さんは自らの両腕をつかんで怖がるふりをした。
「JKのそれ怖」
悪気はない。私もされたら怖いわ。
「てか泉璃着替えてないの?俺髪いじりに来たんだけど」
壁におっかかり、疑問を口にしてくる。
「変に時間あったんで課題してました」
私の発言に月緋さんは「持ってきてんの!?」と大きく驚いた。そりゃあ移動中とか時間もったいないし。結局しなかったけど。
「今から着替えるのでちょっと外で待っててください」
私はドアを閉める。「まだ夏休み始まったばっかなんだからやんなくたっていいって」という声は無視した。
選んだワンピースに袖を通し、チャックを上げる。クローゼットにくっついている鏡で全体をチェックした後、再びドアを開けた。いてっと声が聞こえたけど気のせいにする。
「お待たせしました」
衣装を見た月緋さんは、納得するように眉を上げた。
「似合うじゃん」
それはどっちの意味なんだろうか。私に、なのか、月緋さんとの組み合わせに、なのか。私が選んだワンピースは最初に手に取ったものである。生地の感じや色味が、月緋さんのスーツと似ている。肘まで入った長いスリット、胸についた大きなリボン、同じ生地を使ったベルト型のウエストマーク、控えめに広がるひざ下のスカート部分。デザインは一番気に入っている。何より、ラインストーンはあるものの、パステルブルーの生地しか使われていない。自分を棚に上げといて悪かった。ちなみに、靴も、鞄もそうである。
「空飛んでたら分かんないね」
「お互い様ですね」
もちろん、何かあった時のために動きやすいオールインワンという手もあった。衣装選びで月緋さんが言ったのは、多分そういう意味もあったと思う。
けど、最もふさわしいのはそうじゃない。いかに「祝う立場」の枠をはみ出ずに動けるかだ。上品な場で悪目立ちせず、でも葉賀さんたちと連絡を取り、被害者を出さない。過保護だけど、私はみんなに心配されている。そうであれば、私のコミュニティの所在を周りに示すことが、最も有効で、ふさわしいんじゃないだろうか。
「色を合わせてみたんですけど、どうですかね」
月緋さんは少し考えて、「動きやすそう」と口にした。私の意図は伝わってるっぽい。部屋に入ると、私の横に並び、鏡で自分たちを見つめる。
「バディって感じ」
二人して腕を組んでみる。ニコイチ感が強い。
「目立っちゃいますね」
「俺らなんかましな方だよ」
赤引いた人はどうなんの、といたずらっぽく笑う。誰も私らほど色を取り入れる人はいないと思うけど。流れるように椅子に促されるので、大人しく座った。置いてあるブラシで髪をとかしてくれる。目の前の鏡で観察していると、思い出したかのように月緋さんは口を開いた。
「アイロンとか持ってきていい?」
やっぱり気合入ってるらしい。私が頷くと、「ちょっと待ってて」と部屋から出て行った。待っている間にメイクを直そうと机のポーチに手を伸ばすと、ドアが開いて帰ってきた。速い。
「自由にやっていい?」
ヘアアイロンを準備しながら月緋さんが訊いてくる。堂々としすぎていてお店にでもいるのかと錯覚してしまうほどだ。
「動きやすくだけしてもらえれば、後はお任せしたいです」
せめて、髪型だけは動き回るのに適したものがいいだろう。月緋さんは「球技大会でもやんの?」とふざけつつも、ちゃんと高めにポニーテールを作ってくれる。なんか編んだり小さなヘアゴムで結んだりしているけど、鏡越しでは見えない。
「思い切り走るかもしれないじゃないですか」
「そうならないことを祈ってるよ」
そうこう言っているうちに、月緋さんはヘアアイロンを持つ。
「この後ってカリナさんに挨拶するんでしたっけ」
「それっぽいこと言ってたなそう言えば」
作法とかの指導もなかったけど、うまくやれるだろうか。あとで聞いておこう。
「狸坂深由の実家って東京なんでしょ?妹もそっちから来てるらしいよ」
ぜってえ碌な性格してねえ、と月緋さんは顔をゆがめる。
「深由さんが穏やかな人でしたし、そうでもない気がします」
「あの姉だから甘やかされてるよ」
たしかに、一理ある。年も少し離れてるし、可愛がられているかもしれない。
しばらく偏見を話し合っているうちに、私の髪は完成したようだ。スプレーをかけられて、形状記憶される。
「じゃーん」
月緋さんは合わせ鏡にして後ろを見せてくれた。ふわっとしたおだんごの下の髪はくるくるしている。くらげヘアだ。すんごい。「写真撮っていい?」と訊かれたので大きくうなずく。
「めっちゃかわいいですね、ありがとうございます」
私が感動していると、月緋さんは自慢げに口角をあげた。「でしょ。海意識した」とカシャカシャシャッターを切る。
夕璃にでも自慢しよう。メイクしていたこともあって顔は少し整えるくらいでいい。と言っても最後にメイクを直したのは、たしか衣装選びの時だ。パウダーでメイク崩れをごまかした後、私はビューラーとマスカラでまつげを上げ、黒目の上と涙袋に大粒のラメをのせる。唇に合った色のリップを塗れば、目つきが悪いといわれがちな私もほどほどによくなった。私のスマホでもくらげヘアを撮ってもらい、夕璃に送り付ける。
メイクの趣味はないらしい月緋さんが「かっちりしてると落ち着かねえ」と鏡の前で肩を上下させているので、さっき気になったことを訊いてみた。
「作法っていいんでしたっけ」
「試着ん時訊いてみたけど立食とか言ってたよ、交流メインだって。狸坂に俺らはあいさつ回り行かされるし。持ち物だって貴重品と誕生日プレゼントくらい……」
そう言うと月緋さんは口を開けたまま固まった。そしてゆっくりこちらを向いてくる。
プレゼントなど、用意していない。
二人で目を合わせ、時計を確認する。集合時刻まであと20分ちょい。そして二人してドアを見つめた。
私は財布とカードキーを手に持つと、勢いよくドアを開ける。
「月緋さん早く外出てくださいよ」
初動が速い私は年上を急かす。
「待って泉璃スマホ」
月緋さんからスマホを受け取り、急かしながら鍵を閉める。
「なんで早く言ってくれないんですか」
「覚えてたら言ってたわ」
廊下を走り、急いでエレベーターに乗る。鏡に映った私は、きれいなワンピースにスニーカーという、何ともおかしな格好。月緋さんなんてアメニティのスリッパだ。
「さすが。崩れてねえ」
自分がしたスタイリングを褒めている場合じゃない。
「どこに買いに行くんですか」
「コンビニとか?」
だめすぎる。お金持ちの誕生日パーティーに参加したことなどないのだから、何を送るべきかも分からない。けどコンビニは絶対だめ。
「金持ちって何がほしいんだ」
月緋さんが適当に押した1階に到着。今から外に出たとて間に合わないんじゃ。
とりあえずロビーに向かおうと走っているところで、いいものを見つけた。月緋さんの肩を叩き、指をさす。賛成したようで、月緋さんも方向転換した。
「とりあえず間違いないわ」
「良かったですね」
二人してしばらく悩んだあと、それぞれプレゼントを選ぶ。失礼は回避した。本当に危ない。
「俺のおかげだね」
「認めがたいですがそうですね」
よく覚えてたし、よく思い出したとは思うけど。
さすがに「俺財布ねえや」と月緋さんが言った時は、本気で貸すのをやめようか悩んだ。




