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再会3

その中でシェーナの声は決して大きくはなかったのだが、よく通った。


王間の全ての視線がシェーナに向く。シェーナはそれを知らず、ただカナスの青い瞳だけをすがるように見つめた。


「・・・め・・・なさ・・・、も・・・ぅ・・・もう・・・」


ぼろぼろと涙がこぼれてくる。

本当は声など出してはいけない。無理にいさせてくれと望んだのだから。シェーナは「いない」存在になりきらなければならない。


父に、怒られる。お前などが口を出していいはずがない、と。

カナスに、呆れられる。だから、いないほうがいいと言ったのに、と。


ぐるぐると頭の中でたくさんの悲観的なことが回る。それでもシェーナは「助けてください」とかすれるような声で呟いた。


父の叱咤する声が聞こえた気がした。

けれど、それがはっきりと耳に届く前に、シェーナはふわっと自分の体が浮き上がったのを感じた。


涙で揺れる視界を開けば、カナスが優しく笑ってくれていた。


「よく言えたな」

「・・・・カナスさま・・・めな・・・さ・・・」

「謝らなくていい。お前は自分でちゃんと言えたんだから」

「で・・・も・・・」

「ほら、つかまってろ」


まだ謝罪を繰り返そうとしたシェーナの体を軽く揺すって、カナスは自分の肩の辺りにシェーナが顔を乗せられるようにしてくれた。シェーナはいつもどおり、その首にきゅっとつかまる。

彼の右腕に座るような形で抱えられているのは子供のようだと知っていたが、今は恥ずかしいよりも慣れた匂いと温度にほっとした。


「よく我慢していたな。双子に茶でも入れさせるか、そのほうが落ち着くだろ」


だが、カナスがそのまま場を後にしようとしたのには驚く。当然、リガードも目をむいた。


「陛下!まさか退席なさるおつもりではありませんでしょう?いくら寵姫とはいえ、正式な場でそのような振る舞い、いくらなんでもふさわしくないものとお見受けいたしますが」


大詰めで話の腰を折られ、さらに席を抜けられようとされてはリガードもたまったものではないのだろう。

彼の咎める視線は、言葉どおりのカナスよりも、むしろシェーナに向いていた。

リガードの非難は当たり前のことではあったが、シェーナは震えを抑えることができなかった。

それを知ったカナスが耳元で、大丈夫だ、と囁いてくれる。

彼は、ひどく不愉快そうな表情で、リガードを振り返った。


「もはや、話すことなど何もない。会談はこれで終わりだ。ご苦労だったな、フィルカ王」

「なんと・・・、どういうおつもりでしょうか?」

「どういうもこういうも、貴殿と話していてこれ以上不愉快になるのはまっぴらだと言っているだけだが?急に理解力がなくなったな。その点だけは買って差し上げていたのだが」

「そう言われましても、急なことで理解のしようがありません。私にはただ、それが騒いだことが原因で、陛下が出て行かれようとしているとしか思えませんが」

「この期に及んで、まだ貴殿は分からないらしいな。貴殿も、王太子と同じだ。何一つわかってはいない」

「何の・・・」

「そのような王と王太子、そして、迷信しか信じぬ民。まして、あの太子が国のため不可欠というのであれば、ますます将来にわたって、期待できん。そんな国と付き合うなど、御免被る。たった、今決めた。我が国は、フィルカとの交易を一切遮断する」

「な、なに・・・を・・・」


宣告に、リガードは今度こそ間違いなく顔を青ざめさせた。

当然だ。フィルカは資源もなく、土壌も肥えていない国土。

唯一の安定した収入源は、交易路としての関税ぐらいである。大陸の中心にある場所の利、かつ、中立国で戦火の被害を受けにくいことを生かして、安全に、東西に荷を通過させる権利をほぼ一手に引き受けていることで、どうにか国として成り立っていた。

だが、東の大陸のほとんどを収めるアキューラへの荷があえてフィルカを回避したルートで通るとすれば、導かれる結果は収入源を断たれるフィルカの、国力の衰退のみとなる。


「新興国の、それも蛮族が治めている国との交易を持たなくて良くなるわけだ。これで満足だろう。私はもはや貴国との関わりを持ちたくない。太子は解放してやる。交易がなければ、シェーナのことも貴国に伝わらないだろう。それで貴国との関係は終わりだ」


カナスはそう言い放ち、シェーナを愛おしそうに撫でた。


「貴国とのつながりなど、必要はない。私には、このシェーナさえいればいい」

「・・・・それは、もともと我々のものでありましょう!奪ったのは貴方ではありませんか!」

「いい加減、もの扱いを改めたらどうなんだ?」


リガードの主張に、カナスはすっと目を細めた。苛立ちが頂点に達し、取り繕う気分が失せる。


「この娘は貴殿らの道具ではない。ちゃんと生きてる人間だ。それなのに、最初に手放し、見捨てたのは誰だ?」


厳しい口調と視線でカナスは、リガードを侮蔑した。


「“歌使い”が大切なら守ればよかった。それを、貴殿は何一つしようとしなかった。それは何故か?助からないと知りつつ、フィルカから追い出したのは何故か?」


リガードは答えようとしなかった。


「自ら捨てたくせに、都合がよくなれば自分たちのものと主張するのか?見上げた強欲ぶりだな。よく神の国などと名乗れるものだ。私にしてみれば、貴国のほうがよほど蛮国かと思うが?」

「・・・・・」

「もはや用などない。そのつまらん娘を連れてさっさと去れ。太子は後から解放しよう」


シェーナは目の前の糾弾を、カナスにつかまったまま見つめていた。

どうしたらいいのかわからずに口を出せないでいると、カナスはそのまま部屋を出て行こうとする。


「どこが・・・どこがいいのよ、そんなみすぼらしい子!」


その後姿に、金切り声が上がった。


「何もできない、ただの愚図じゃない!私は知っているんだから!人に迷惑をかけることしか知らない、呪われた子!あんたのせいで、私の人生はめちゃくちゃよ!」

「・・・あ・・・」


ルーナが相変わらず向けてくるのは、敵意だけだった。シェーナは瞳を震わせ、顔色を失くす。

怖い。だが、ルーナの主張ももっともだと思う。

シェーナと乳姉妹でなければ、シェーナが“シャンリーナ”でなければ、彼女の人生はまったく違ったものだったはずだから。

だが、カナスはまったく冷徹に吐き捨てた。


「てめえは、本当に醜悪な女だな。何でも人のせいか。これがフィルカの民の姿というわけだな」


彼は、とん、とシェーナを床に下ろし、ルーナに向き直った。

シェーナを背にかばいながら。

おそらくシェーナの視界に彼女を入れないために。


「殺されるかもしれないと知りながら、ここに来ることができなかったのは、てめえだろ。てめえは真っ先に逃げた。国も何もかもを捨てて、自分可愛さに逃げたんだ。だが、シェーナは違う。冷遇されて、てめえなんかよりもよっぽど辛い目を見てきて、それでもちゃんとここに来た。てめえみたいな腐った奴らのために、国を守るために、命だって賭けた。自由も、希望も、全て持ってなかったくせして、フィルカのためならって喜んで死を受け入れようとした。だから俺はこいつを選んだ。そういう奴だからだ。自分のためじゃなく、他人のために生きようとする奴だからだ」

「・・・そんなの、当たり前・・・だって、その子は王族だもの!私はただの侍女よ。なんで、私が国なんか背負わなきゃいけないのよ。“シャンリーナ”のくせに生きていたのは王族だったからでしょう。だったら務めを果たすのは当然だわ!」


何も理解をしようとしないルーナに、カナスは不愉快さから舌打ちをした。


「神国は王族だけでなく、民も身の程をわきまえないようだ。女、お前が今、直に話しているのは、誰だと思っているんだ。貴様ごときが直に言葉をかけることが許されると、本当に思っているのか?この場で、切り捨ててやろうか?」


さっとルーナの顔色が変わり、がたがたと震えだした。

威厳のある声は、頭に血の上ったルーナに現実を思い起こさせるためには十分だったようだ。


「侍女一人の暴言をとめることすらできないとは、情けない。それとも、貴殿も同じ考えか?」


すっかり黙り込んだルーナから、カナスが視線を移動させたのはリガードにだった。


「国のために命を賭けることは、本望であろうとは思っております」

「へえ、あの王太子は牢に入れてからずっと、命乞いを続けてるがなァ」


リガードの重々しい答えを、カナスは馬鹿にしたように笑う。


「フィルカ王、貴殿が民のために必要、と言い切った後継者は、毎日哀れな声で助けてくれと訴え続けているぞ。どうか、命だけは、とな。死んで他国の王の怒りを解こうなどとは思いもよらぬらしい。さて、一体、どちらが王族としての心構えがあると言えるのか。国のためになすべきことをなす、それが王族ではないのか?」

「・・・・太子は、生きて、国を導かなければならない。姫とは違う。それは国のために命を賭ける様、生かしていたものでございます」


苦い声で、リガードは従来の主張を繰り返した。

シェーナは、道具として“生かしてやった”だけだと。

それで、カナスの怒りは最後の壁を越えた。


「だったら、そんな国潰してやろう」

「・・・は・・・?」

「国がなくなりゃ、王太子も必要なくなるだろう。今すぐ、全ての条約を破棄して、ぶっ潰してやる。フィルカなど、5日あれば落ちる」

「何を・・・!」

「カ、カナス様・・・?」


突然の宣言に驚いたのはシェーナも同じだ。

背中にそっと手を伸ばすと、カナスは腕を回してシェーナを懐に抱え込んだ。


「ずっとどうすればこいつのためかを考えていたが、こんなことならしち面倒くせえこと考えずに最初からそうしてりゃよかったんだ。フィルカのような小国、存在しなくともどこも困らない。国がなくなりゃ、あの王太子のうるさい『私がいなければ・・・』って言葉も聞かなくてすむしな」


露悪的にくっくっと笑いながら、彼は冷たい視線をリガードに向け続けた。

いやにすっきりとした顔つきが本気を示していることを、聡いリガードは恐れと共に理解した。


「あぁ、試してみるか?貴殿の大切な後継者は、国の存続と自分の命、どちらを選ぶか。私は後者の気がするがな。ああいう自分に価値があると思っている人間は、所詮自分のことしか考えていないものだ。貴殿はもちろん、前者を選ばれるのであろう?何せ、“価値”と“将来性”のある王太子だからな」


だが、シュンヌが自身を選んだのならば、容赦なく国に攻め入らせてもらう、とカナスは言う。

後継者が選んだ道なのだから本望だろう、と。


「そんな無茶なことが通るはずがありません。大国が大義なく攻め入るなど・・・許されるはずがない。大臣や議会が止めるでしょう」

「残念ながら、この国は王の言葉は絶対だ。議会の決定など、握りつぶすことは造作ない」

「賢王という名を汚すおつもりか!?このようなくだらぬことで・・・」

「くだらなくないぞ。妃を侮辱された。これは十分な理由になりうるだろう。寵姫のためならなんでもするってのが古今東西共通だろ。妃に溺れたというのも、また一興。こいつはそれだけの価値がある」


カナスは腕の中にいるシェーナの頭に軽く口付けた。

愛しんでいると誰にでも分かるよう、この緊張した場にふさわしくないほどの甘さで、シェーナをさらに抱き寄せた。


揺らぎないカナスの言葉と態度に、リガードの瞳が絶望にゆがんだ。


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