再会2
そんなシェーナの心中など知らず、リガードは少し間をおき、意を決したように口火を切った。
「国王陛下、フィルかでは黒は不吉なものとして扱われます。あれは、本来いぬはずもの。せっかくの吉兆の日、あえてそのような・・・」
「我が国では、そのような風習はない。興味もないな」
だが、カナスは即座にリガードの言を裁断した。そして、氷のような冷ややかな声で言う。
「いい加減、素直に答えたらどうだ。この婚礼に文句をつけるのは、我が国のためではなく、フィルカのためであろう」
怒気を隠さないまま見下ろせば、リガードはその石灰の瞳を揺らして青ざめ、しかし、すぐにまた何を考えているのか分からない無の表情になった。だが、意外にも彼は素直に頷く。
「さようでございます。これは、我が民のため。陛下には大変なるご迷惑と存じ上げております」
「認めるか」
「これ以上、何を申し上げても言い訳にしかなりませぬゆえ」
また少し、カナスはリガードの評価を上げた。引き際を心得ている。
これ以上は、カナスを怒らせるだけだと分かって、どちらもマイナスの道ながら、いずれが利かを瞬時に判断したのだろう。
「我が国は、ご存知の通り、神への忠義を何よりも重んじる国でございます。その我が国において黒髪に黒瞳の者は絶対として存在してはならないとされております。陛下のご婚礼でそのような者が我が国に存在していたと知れれば、民の心は乱れ、悲嘆にくれることとなりましょう」
「脆弱な国民性だな」
「・・・それが我が国なりますれば」
「ふん。そのようなこと私にはなんの関係もない」
「しかし姫はそのことをよく分かっておりましょう。あの子も王族の一員です」
ぎくっとシェーナは身を震わせた。リガードがこちらを向いているはずはないのに、視線を感じる。
「王族として、そのように厳しく育ててまいりました」
ざらり、と頭の中を直接撫でられるような気持ち悪さ。そして、ぞわぞわと恐ろしさが這い上がってくる。息が苦しい。従わなければならない、という気にさせられる。
神官に逆らってはならない・・・。
「貴殿も王太子と同じ過ちを繰り返すか。己が娘を利用し、意を得るとは見下げた根性だな」
だが、すぐにカナスが、その呪縛に割って入ってくれた。
リガードは賢明にも、即時に退いた。
「とんでもございません。ただ、事実を述べようとしたのみ。お気に触ったのであれば、謝罪いたします。勿論、陛下がお望みであれば、姫も喜んで従うことでしょう。姫は陛下にお仕えしている身でございますれば」
カナスはその変わり身の早さに舌打ちをする。
ちょろちょろとすばしっこい鼠だ、と。
「では、姫にはくだらぬ覆いなどいらぬと命じるとしよう。故郷のことは何一つ気にしなくて良いと。それで、この話は終わりだ」
「・・・・陛下がそうお望みならば、異論はございません」
一切の要求を呑む気はないと毅然とした態度を突きつければ、結局リガードは折れた。
自国のため、と告白したときから、うすうすはあきらめていたのだろう。
しかし、それを予想していなかったシェーナは、決着のあっさりさに、脱力するというよりは、不思議な心持ちだった。
まだ現実感のない中にいるシェーナを置いて、カナスたちの話はどんどん先に進んでいく。
「では、あとは王太子の件だな」
「陛下、太子のご無礼大変申し訳なく思っております。ですが、太子も私と同じように、国を危惧し、行き過ぎた言動になったのです。陛下と比べればまだまだ未熟者でございます。どうか、この度だけは広いお心でお許しをいただけないでしょうか」
「未熟ならば行き過ぎた言も許されるというのはいささか解せんな」
「お怒りもっともでございます。しかし、そのような未熟な太子を派遣したのは私の咎。それゆえ、国内不定の状況ながら、とるものもとりあえずここまではせ参じてまいりました。どうか、この度だけは私に免じてお許しください」
「随分とかばうな?」
「太子は我が国になくてはならない存在でございます。少年の頃から利発で、民の期待も非常に高いよき太子でございます。この先、さらに精進させることで必ずや私を超える王になると信じております。なにとぞ、今回だけはご慈悲をいただきたく存じます。このような無礼は二度とさせませぬゆえ、なにとぞ」
リガードは深く、深く頭を下げた。そんな父の姿をシェーナは想像したことすらなかった。
だが、驚きと同時に、冷たく胸が痛んだ。
シュンヌのためであれば、父は恥も外聞もなくこうして嘆願をしてくれる。
だが、シェーナに彼が言ったのは、ただ、国のためにその命を捨てろ、ということだけ。
一度としてシェーナをかばい立てはしてくれなかった。
扱いの違いは、姫か太子かではない。国にとって必要か厄介か、それだけだ。
「滑稽だな」
カナスの侮蔑した声が飛んだ。
「大国の怒りを静めるために、命を賭けろとは言わないのか?」
シェーナははっとなる。同じことを、カナスも思ったのだ。そして、リガードもそれに気がついた。硬い声でリガードが答えを返す。
「・・・太子は、我が国になくてはなりません」
「王自ら出向くほどに大切か」
「姫と太子では・・・状況も違い、比べられません。ただ言えるのは、今、太子を失うわけにはいかないということです」
「そんなことは知ったことではない。私は、法に乗っ取って処罰を下すだけだ」
到底満足の得られない答えに、カナスは話はもう終わりとばかりに立ち上がろうとした。
「お待ちください!どうか、我が国の誠意をお受け取りください」
「誠意だと?」
だが、鋭く向けられた言葉に、カナスは再び腰を下ろした。
それを見て、リガードは後ろに控えさせていた従者を振り返る。体を畳み、深い赤の絨毯に額をつけていた彼らは、さらにその後ろにいた頭からマントをかぶった人影を引き立て、王の少し前に跪かせた。
「なんだ、それは」
「陛下のお望みのものでございます。無様にも御前に上がる前に逃げ出したものを探しあて、今度こそ連れてまいりました」
ぱさり、とマントが取り払われた。
そして現れたのはまっすぐな金色の長い髪。
両手を祈りの形に組んで、ゆっくりと顔を上げた少女には嫌というほどの見覚えがあった。
「・・・っ!」
おそらく、王妃用の豪華で重い椅子でなければ、がたん!という音が鳴っていたであろう。それほどシェーナは動揺していた。
(・・・ルーナ・・・)
王が誂えさせたのだろう。フィルカの正装に身を包んだ彼女は、輝くばかりに美しかった。
珍しい金の髪は白いルーナの肌によく映え、石灰色をさらにダークブルーで彩った不思議なくっきりとした瞳もまた金の睫でふさふさと覆われていた。
豊満とは言いがたいが、手足が長くスタイルのよい彼女を侍女だとは誰も思わないだろう。
綺麗で、憧れの、フィルカのお姫様そのもの。
だが、生まれてからずっと一緒にいたのに、シェーナに一片の慈悲すらかけてくれたこともなく、シェーナのびくついた性格の大半を形成した人物だった。
日常を共に過ごさなければならなかった分、もしかしたら、父よりもトラウマの大きい相手かもしれない。
シェーナは蒼白になり、膝の上に置いた掌をぎゅっと握りこんだ。
だが、がたがたと震えは止まらず、必死に両方の手を組み合わせる。
それぞれの手で、反対の手の震えを止めるように。
(大丈夫、まだ、大丈夫・・・)
ラビネの心配そうな視線を感じたが、シェーナは首を振った。
できるなら最後までこの目で見ていたい。本当の限界はちゃんと分かっている。
まだ、それは来ていないから、大丈夫だと。
「なんだ、それは?」
カナスの居丈高な問いかけにも、リガードはめげずに答えた。
「これが、陛下が当初所望しておりました“金の姫”です。不運にも間違った噂が広がり、この侍女が姫と勘違いされることになったのですが・・・。遅くはなりましたが、陛下にこの娘を献上いたします。これならば見目も麗しく、陛下によく仕えることでしょう。この娘、十分に反省をしておりますゆえ、なにとぞお側にお置きください」
リガードに促されたルーナが、すっと両手を床について頭を下げた。
「以前、姫様とともにこの場に参上いたしませんでしたこと、申し開きの言葉もございません。本来であれば御前に顔を出せる身分ではございませんが、罪を改心し、償いをするためには、陛下に心からお仕えする方法しかないと悟り、恥を忍んでこの場に参らせていただきました。どうぞ、これからは陛下の御為に存分に働かせてくださいませ」
「陛下、この程度では到底お怒りをおさめていただけるとは思いません。しかし、隣国にいたこの娘を探し当て、己の罪を悔い改めさせ、この場まで連れてまいりました。これで陛下のお望みになられた“歌”と“姫”の双方をようやく、差し出すことができました。此度の婚礼という祝い事に免じて、これで我が国の誠意をお認めいただけませんでしょうか?」
「・・・・・・・くだらない」
カナスは、冷め切った視線だけを眼前の二人に返した。
すると、ルーナのほうがやたら躍起になって主張をする。
「陛下!どうか、わたくしを陛下に仕えさせてくださいませ。わたくしの罪を是非、償わせてくださいませ。陛下のような方のおそばにいられるだけで、わたくしは幸せでございます。いままでの不在の分も、心からお仕えいたします」
あれほど逃げたがっていたルーナとは別人のように、積極的だった。
まさしく、目の色が変わっているという状態だ。
それは、逃げ惑って下町で暮らすより、小国フィルカの王家に召使として仕えるより、この若くて美しい大国の王の傍で仕えたほうがよほど有意義で贅沢ができると思ったからだった。
あわよくば、この王に取り入って、妾にでもなれれば言うことはない。
幼い頃から冴えないシェーナを見続けているルーナにとっては、シェーナなんかから寵愛を奪うことなど簡単に思えていた。
彼女には、決してシェーナにはない自信があった。
もちろん、シェーナにはそんなルーナの思いなど知る由はない。
ただ、ルーナがこれから傍にいることになってしまってはどうしたらいいのか、とひたすらに怯えていた。
「女、仕えるものはもはや多くいる。お前など必要ない」
「ですが、わたくしはシェーナ様に16年間ずっと仕えて参りました。シェーナ様のことは誰よりもよく存じ上げているつもりです。シェーナ様もこのアキューラの王妃殿下となられることで、お忙しくなりましょう。そのお世話に是非加えさせていただきたいのです。今までフィルカ王家に仕えて参りました恩返しとして、そして、1年半前の姫様へのお詫びとして、せめて、少しでもお役に立ちたいと思っているのです」
ルーナの言葉に、シェーナはぞわっと全身の毛が逆立った気がした。
(怖い、怖い、こわい・・・・っ)
ルーナがまた傍にいるようになることを想像しただけで、目の前がくらんだ。
甲高い声で毎日怒鳴られ、物をぶつけられ、嘲る瞳で笑われる。
あんな生活はもういやだった。
贅沢に慣れたのかと、蔑むシュンヌの言葉を思い出す。それでも、嫌だと、強く思う。
「陛下、その娘は“歌使い”の顔としても使えるよう、ある程度の振る舞いは身に付けさせております。“歌”を歌っているかのように上手く振舞います。体面上も役立ちましょう」
「はい。わたくしも姫様ほどではありませんが、歌の心得はございますし、陛下がお望みであれば影でもなんでもいたしましょう」
その言葉はもう、限界だった。
それは、“自分”がいなくなること。透明な人間になって、“歌”だけを望まれる・・・存在を消される恐怖に気が狂いそうになる。
「っどこまで・・・!」
「陛下、シェーナ様が・・・」
「い・・・や・・・いや・・・っ!」
リガードとルーナの言葉に怒ったカナスと、シェーナの限界を見極めたラビネと、助けを求めたシェーナの声が重なった。




