別行動と、涙と、友情と
指定都市発のローカル線に乗り、乗車時間約20分と少し。私は初日の目当てであるショッピングセンターのある駅で降車した。改めて指定都市の電車のレスポンスの速さに感動を覚える。
駅から徒歩10分の距離に、どんと構える8階建ての大型ショッピングセンター。地方の片田舎に住んでいれば、けしてお目にかかることができない建物である。初日の"散財限度額"を確認して、自動扉を抜ける。店内案内の掲示板を確認して、アパレルコーナーのある6階にエレベータで上がる。
エレベータの扉が開いた瞬間、私は感動で眩暈を覚えた。あるわあるわ、お目当てのブランドが。お世辞にも安いとは言えないけれど、良品長持ちである。多少値が張っても、流行りを嫌わないものを買ってしまえばしばらくは衣類は買わなくて済む。それにここ2年ほどは着た切り雀と化していた私なのだ。こんな時くらい、ちょっと贅沢したっていいじゃない?
ジャケット、Tシャツ、パンツ、財布、バッグ……どれもこれもが輝いて見える。どれも欲しい。しかし、予算は限られているわけで。薄給取りの自分を呪いつつ"絶対これは買いたい"というものにターゲットを絞り、今回買えなかった物にはさらば。と別れを告げる。そうした取捨選択作業と財布の中身の確認作業を繰り返していると、時間はあっという間に過ぎる。
結局、春、秋シーズン兼用のジャケットと、Tシャツ2枚を購入した。これ以上買ってしまったら、予算オーバーである。財布に余裕を、心に余裕を。なんて変なことを考えつつ、会計を済ませてエレベータホールに戻る。携帯電話の電卓機能があることをすっかり失念していた私、値札と値札を足し算して、別税を掛け算して……という慣れない暗算をしたものだから、脳が疲れてしまった。エレベータに乗り、1階のフードコートでコーヒーを注文。いやぁ、初日に収穫があって良かったなぁ。ほくほくしながらコーヒーをすすり、視線を脇にやる。
──うん?
──え?
──あれ?!
さっき買った、ジャケットとTシャツが入っている包みが……ない。全身から冷や汗が出てくる。栄養不足になっている脳味噌をフル回転させる。落ち着け。落ち着くんだ自分。思い出せ。
レジ担当の店員さんに代金を支払ったところまでは覚えている。その後、別な店員さんがジャケットとTシャツを包んでいて……そこで私の記憶は途切れていた。
何度同じ失敗を繰り返せば学習するのか。自分を手加減なしで殴りたい衝動に駆られる。
──そう、過去に私は同じ失敗をしていた。料金を払った時点で満足してしまい、商品を受け取らずに帰ってしまったことが何度かあるのだ。地方の片田舎の店舗では、優しき店員さんが追いかけてきてくれたり、店舗で商品を確保しておいてくれたりのおかげで"払い損"という最悪の事態は免れてきた。
しかし、ここは指定都市なのだ。大都会なのだ。何事にも警戒心を持って臨まねばならぬここで、大失態である。
──アイツのせいだ……あの旅慣れしていない友人を、都度気遣い、ねぎらい、教授し……その連続で私は既に心身が消耗していたのだ。この失態も、友人のせいだ。身勝手で、失礼で、友情を放棄したかのごとく責任転嫁しつつ、足はアパレルコーナーのある6階へ向かっていた。階段を全力で駆け上がる。こんな非常事態に悠長にエレベータなぞ待ってはいられぬ。
螺旋状になった階段の踊り場で転倒し、したたかに肩を打ったが、痛みは感じない。今は自分の体より、買ったジャケットとTシャツ、ひいてはお金の方が大事だ。
転げるように6階のフロアに飛び出し、支払いを済ませたレジまで駆ける。すると──
「お忘れになりましたよ」
2人の店員さんの眩しすぎる笑顔。差出される包み。お礼を言って受け取る私。
「間抜けなお客だねぇ、ふふふ」
そんな幻聴を聞きながら、私は包みを両手で胸の前で持ち、とぼとぼと階段を降り、フードコートへと戻った。注文してテーブルの上に置いたままになっていたはずのコーヒーは、もうなかった。
ふらふらとトイレに入り、個室に入った私は一瞬でも友人に責任転嫁したこと、そして自分の失態を呪い、少しだけ泣いた。左肩がじんじん痛んだ。
個室を出て、濡らしたハンカチで顔を拭う。鏡に映った私の顔。髪の毛は乱れ、眼が赤い。覇気の失せた表情。
腕時計を確認すると、後1時間ほどで合流の時間だ。ショッピングセンターを出た私は、足をひきずり、痛みの増してきた肩をさすり、それでも商品の入った包みを抱きしめて、駅へと戻った。
指定都市駅、構内。キオスクの前。集合時間の約5分前。
両手に書店の袋と古書店の袋を下げた友人が立っていた。私の姿が視界に入ったらしい。袋を片手に持ち替えて、手を振ってくる。私もそれに応じた。
「目当てのものはあったかい?」
訊く私に、書籍の入った袋を目線の高さまで持ち上げて友人は言った。
「もう、大収穫。初版本が手に入るとは思わなかったよ、地元じゃ買えないもの。いやぁ、やっぱり都会の本屋は品揃えが違うね」
ご満悦といった表情である。
「ところで、君はどうだった?」
「あぁ、うん。ジャケットとね、Tシャツを買った」
私はか細い声で応じる。
声を聞いた友人は、すぐさま私の異変に気が付いた。
「ちょっと、どうしたの?なんだか顔色は悪いし、汗びっしょりじゃないか。旅先で風邪を引いたら大変だぜ?着替えなよ」
そう言って友人は、膨らんだ背中のリュックをまさぐり、Tシャツを差出してくれた。
「ちょっとオーバーサイズかもだけどさ、着替えてきなって」
「あ、うん……ありがとう」
友人からTシャツを受け取り、駅構内にあるトイレの個室に入る。指摘されるまで気付かなかったが、絞れば水滴が落ちてきそうなくらい私のTシャツは汗を吸っていた。濡れたTシャツを脱ぎ、友人が差出してくれたTシャツに着替える。
私はまた涙した。友人の優しさと、自分の不甲斐なさと、一瞬でも友人を呪ったことに対する自分への嫌悪感とがごちゃまぜになっていた。申し訳ない……私は心の中で、友人に深く頭を下げた。
──旅は道連れ世は情け、ありがとう、友よ。
着替えてきた私に友人が問う。
「サイズは大丈夫そうだね、ところで、夕飯はどうする?お昼はラーメンだったし、夕飯は君の好きな蕎麦にしようか?ちょっと調べたんだけど、ホテルの近くに蕎麦屋、あるみたいだし」
「いや、俺は何度も来てるし、蕎麦は明日にしよう。今日は君が食べたいものを食べよう」
別行動前の私の態度と、今の私の態度の温度差に訝しげな表情を浮かべる友人。しかし、それも束の間のこと。夕飯は友人のリクエストで"丼物"と決まった。
先にチェックインを済ませるため、2人並んで歩く。指定都市の夜、道行く人の数が昼間に比べて増えたような気がする。
「ところでさ、ショッピングセンターで何かあったのかい?」
友人が心配げな声で言う。
「いや、何もなかったよ、ちょっと転んだだけさ」
私は友人の問いに笑顔で答えた。
(6話に続く)
友達は、宝です。




