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得手、不得手、そして乗車

何事にも、得手、不得手というものがありまして……。

前日の仕事が終わるやいなや、私は家に帰って荷造りを始めた。1泊ぶんの着替えと歯ブラシと歯磨き粉、胃薬、解熱剤などの常備薬をリュックに詰めて、後は財布と携帯電話を持てば問題なし。やれ講習だの検定試験だの……ある程度の数が集まって行われる事柄は、地方の片田舎では滅多に開催されない。その都度、指定都市まで足を運んでいた身としては(当然ながら移動手段は安全安心の電車である)、最低限の荷物以外は現地調達した方が早いしかさばらないということを私は経験的に学習していた。学ぶって素晴らしい。


いざ、旅行初日。その日の流れは、友人が私を自動車で拾って、最寄駅の駐車場に停め、そこから南端A駅まで電車で移動。そこからローカル線に乗り替え、中継駅で降車して、指定都市行きの本線に乗車する。このルートは幾度も経験しているし、前日のうちに時刻表はプリントアウトしてある。準備万端である。


荷物の確認をしているうちに、友人が到着した。いよいよ出発である。男子2名の色気なし、だけどわくわくする旅の始まり──と思ったら、友人が突然

「A駅まで自動車で行く」と言いだした。

「へ?何言ってるの?」とりあえず理由を尋ねると、最寄駅に駐車しておくのが怖いとの返答。──何言ってるんだコイツ。内心思いつつ、なぜ怖いのかを訊く。

「1泊だけどさ、車に悪戯されてたら怖い、だったらA駅の有料駐車場に停めたい」正直、友人の言っていることがさっぱり理解できない。

「……そんなこと言ってたらどこにも停められないじゃないか、それに、A駅までここから自動車ならゆうに40分はかかるよ?乗り遅れたら1時間遅れになるよ?」

この地では本線が1時間に1本という情報は伝えてあったが、彼はそれでも間に合う、A駅から乗車すると、譲らなかった。ここで喧嘩しても時間を無駄に消費するだけだ。友人を信用して、A駅まで彼の自動車で移動することになった。自分の自動車を運転する彼の表情は落ち着き払い、鼻歌まで歌い始める始末。私は腕時計に何度も視線を落とし、赤信号にやきもきし、神経をすり減らした。


そして、私の不安は見事的中してしまう。我々のA駅到着を待たずして、無情にも発車時刻を過ぎてしまった。


これで友人を責めるわけにはいかない。友人自身も"旅慣れしていない"と言っていたし、乗り遅れも一興じゃないか。時間に余裕も出たことだし。A駅駐車場に自動車を停め、私がリュック1つで降りると、友人はちょっと待ってと言い、トランクを開けた。ぱんぱんに膨らんだリュックにボストンバッグ。何が入っているのか、皆目見当がつかなかったし、何だか訊く気にもなれず、我々はA駅構内へと歩みを進めた。


次の発車時刻までおよそ40分。ローカル線とはいえ、行先は指定都市への中継駅。本線と同じ本数が動いている。待ち時間40分は有効に使える時間だ。切符を買い、待合室の椅子に腰かけた友人に「ちょっと振込とか、雑用済ませてくる」と言い残して、私はA駅近くのコンビニで振込を済ませ、移動中の車内で読む本とお茶を買い、景色の写真を撮ったり……等々、時間を有効活用して、発車15分前に構内へ戻った。すると──待合室の椅子に腰かけたまま、微動だにしない友人の姿があった。本を読むでもなく、お茶を飲むわけでもなく、ただ、座っていて、自動車で移動していた時の余裕がない。何となく顔色も悪いし、汗をかいている。


「ど、どうしたの?!」体調が悪くなったのかと心配になって声をかけると、乗車するまで"不測の事態"があっては大変だと思って、待機していたとのこと。ついでに、直ぐに戻ると思っていた私が戻らないものだから、見捨てられたかと不安になったと言う。


──旅慣れしていない。


なるほど、こういうことか。私が自動車の運転に慣れていないように、そう、例えば制限速度ピッタリで走っていてバンバン追い抜かれて冷や汗をかいたり、車線変更が恐ろしくて遠回りしてしまったり、高速道路なんて教習所以来まっぴらごめんなように、電車と自動車という移動手段の不得手がプレッシャーになる。友人よ、すまない。不安にさせてごめん。"不測の事態"ってどんな事態かわからないけれど、戻る時間を言わなかった私が悪かった。A駅まで自動車移動にこだわったのも、不安だったからなんだね、ごめんよ……。友人に詫び、ホームへ移動する。丁度、中継駅行きの電車が滑り込んできて、無事に座席を確保することができた。友人の顔色も元に戻ったようだ。


座席に座った友人は、荷物を床に置きながら「やっぱり、旅慣れしてる人は違うなぁ……」とつぶやくように言った。「そんなことはないよ、俺なら家からA駅まで運転するだけでくたくたになったと思う。ドライバー、ありがとう」私と友人は、友情という絆で結ばれている。きっと。たぶん。おそらく。


発車時刻を告げるアナウンスと同時に、開いていた扉が閉まる。そう、これから我々は片田舎を脱出し、指定都市、都会に赴くのだ。安全、安心の電車に揺られて。


安全安心の電車は、定刻通りにA駅を発車した。


(3話に続く)

私は自動車の運転が得意な方を羨ましく思います。

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