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遊園地と、回想、再び駅へ

──童心。


大人になるにつれ、忘れていったこの心。社会という荒波に飲まれ、自分は大人なんだから……と抑え込んでいたその心が、指定都市郊外の遊園地で蘇る。


前菜と銘打って乗り込んだゴーカート。自動車の運転が不得手な私は、ゴーカートの運転も不得手だったようだ。係員のGOサインで2人同時に発進したものの、私はハンドル操作を誤ってスタート早々壁にぶつかり、その衝撃で額を打撲。涙目になっている私を友人はげらげらと笑っていた。仕方がないでしょうが、運転が得意じゃないんだから。そう思いつつ、涙目で笑みを返す私。窮屈な車内に長身を屈めながらすいすいとコースを回っている友人の表情が輝いている。いかにも楽しい、そんな顔である。実に微笑ましいではないか。私はひりひりと痛む額に手を当て、緩めにアクセルを踏んだ。数回にわたってクラッシュした私を友人は笑い、悪戯心でわざと追突してみた私を恨むでもなく、「なんだよ、もう」と言うだけで、ひたすら友人は笑顔である。


──20分後。


最初のアトラクション、前菜のゴーカートの時間が終わり、下車してゲートに戻る。係員の「楽しそうでしたね、お疲れ様でした」の台詞に「いやぁ楽しかったです」と声を揃える。


「うーん、なかなかだったね」友人が言う。


「なかなかでしたな、やっぱり俺は運転が駄目だねぇ」私が答える。


「気にするなよ」そう言って私の背中をばしんと叩いた。


友人、テンションが上がって手加減ができていないらしい。思わず「うっ」と声を漏らした私を気にする様子もない。「加減しろよ」と友人の背中を小突き返す。「悪い悪い」言って友人は盛大に笑った。「まったくもう!」言って私も盛大に笑った。


「ようし、次はあれ、行きましょう」私は船の形をした銀色の絶叫マシンを指さしながら言う。


「えっ……」友人の足が止まった。「あれは……怖いやつだよね?」質問する友人。


「そうだよ、遊園地に来て、絶叫マシンに乗らないのは焼肉屋に行って肉を食わずに、野菜スープとご飯だけで帰ってくるようなもんですよ。わかりますね?」言いながらうんうんと頷く私。


「いやぁ……あれは、ちょっと遠慮したい……」友人、顔が引きつっている。しかし私はどうしてもこれに乗りたい。尻込みする友人の腕を無理矢理引いて、我々は宇宙船を模したと思われる絶叫マシンに乗り込んだ。


「うおおおお! 高い高い、うわああああ! わはははは!」最大高度から落下していく時の胃袋がすぅっと上に持ち上がる感じ、これは中学3年の修学旅行以来。この感覚、たまりませんなぁ、楽しいなぁ。大声をあげて高低差とスピードを楽しむ私。隣の座席に座った友人は、終始無言だった。眼を瞑っているし、セーフティバーを握った腕に血管が浮いている。もしかして……本当に苦手なのだろうか。


──20分後。


「いやぁ絶景かな、絶景かな。一気に地面に落とされる感覚、たまりませんなぁ、遊園地の醍醐味はこれですよ、うん、うん」1人頷く私。かたや友人は足取りがふらふらしていて、昨日中継駅で見せたのと同じく、顔色が真っ白である。「あぁ……やっぱり駄目だ」言って友人、その場にしゃがみこんでしまう。「もしかして……高所恐怖症?」私の問いに「うん……」と友人は小声で答えた。


──遊園地内の売店の前。


我々は赤いパラソルの下に備え付けられたテーブルと椅子に腰かけて、ソフトクリームを舐めていた。苦手な高所で、上下左右と猛スピードで振り回され、一時的な体調不良に陥った友人。回復するまでの小休止となった。


付き合いこそ長いけれど、知らないことが多いな……。無言で遠くを見つめながらソフトクリームを舐める友人を横目で見て、私は回想する。そういえば我々の出会いって、お互いお世辞にも好印象とは言えなかったんだっけ。


──2人がまだ18歳の頃。教養の授業でたまたま隣に座っていた私と友人。授業が終わり、ぞろぞろと学生たちが出ていこうとするその時、私の肘が何かにぶつかった。机に広がるピンク色の液体。液体で濡れるノート。気持ち悪い色だなぁ……思ってそれを無視し、立ち上がろうとする私の腕を何者かが猛烈な力で握った。その相手こそが──友人だった。


「人様の飲み物ぶちまけといて、素通りかよ」


「は? あぁ、これ君の? 変な色だね、痛いよ、離せよ」


「謝れよ、まだ開けたばっかだぞ」


「授業中にこんなもん飲んでるヤツが悪い」


「こんなもんってなんだよ、謝れ」


「はいはい、すいませんね、申し訳なかったです」


「ノートが濡れただろう、どうしてくれるんだよ!」


「どうもする気はない」


こんなやり取りがあって、激しい口論になったんだっけ。


結局、びしょびしょになった友人のノートは廃棄処分となってしまって、私のノートをコピーして渡すことで決着がついて。コピー機の前でさらに軽い小競り合いがあって。


「君、字が汚いな、読めないじゃないか」


「やかましい! こうなったのはあのピンク色の変な飲み物のせいだろう、無駄な金を使わせやがって」


「変な飲み物じゃない! 苺牛乳だ!」


「へぇ、でかい体で苺牛乳とは……なんか、アンバランスで面白いなぁ、あはは」


「体つきと飲み物は関係ないだろう! それは君の勝手な思い込みだ!」


「はいはい、すみませんね、趣味嗜好はそれぞれですもんね。はい、コピーが終わりましたよ」


「いちいち癪に障る言い方をするな君は」


「あそう? ま、これもまた、個性ってやつですよ」


「君さ、団体競技には向かないタイプだな。サッカーとか野球みたいな競技、苦手だろ?」


「はいはい、その通りですよ、正解です。俺は己自身とひたすら戦う、孤高の短距離ランナーさ、そんな君こそ、随分体がでかいけど、部活はやってるの?」


「俺は……歴史研究部だ。ジムには通っているが」


その時、友人の体つきと歴史研究部がなかなかリンクしなくて、爆笑してしまったんだっけ。腹を立てた友人に軽々と持ち上げられて、床に放り投げられそうになって。慌てて謝罪して、お詫びにと苺牛乳を購買で買い直して。沈静化したはいいものの、家に帰ってから妙な申し訳なさを感じて、翌日キャンパスで姿を探し回って、歴史研究部の部室で古代史の分厚い専門書を読んでいる友人に2個めの苺牛乳を差し入れて。そう、この件があってから、授業で一緒になった時は声をかけあうようになって──それからだ。親密になったのは。


そうか、当時から友人は甘党だったんだな。運動部に所属せずにジム通いしていたのは怪我や流血の場面に遭遇すると眩暈を起こすからか。学生だった友人と今、隣の椅子に座っている友人が1本の線で繋がる。


──「ちょっと! 垂れてる! クリーム!」隣から友人の声が聞こえた。私の意識が学生時代へとタイムスリップしている間に、友人はソフトクリームを間食していて、私の右手は溶けたクリームが流れ落ちて、真っ白になっている。


「あ、ごめん、ちょっとぼうっとしていたよ」私は答えて、垂れたクリームをハンカチで拭い、残りわずかになったソフトクリームを舐めた。


「新しいの、買ってこようか? 全然食べてないだろ」友人が言う。優しいヤツめ。


「大丈夫、これで充分。ところで……友達って、どんな縁で友達になるか、わからないもんだね」考えもしなかっただろう私の台詞に、友人は驚いた様子。返事に困っている。


「あ、独り言だからね、気にしないで。さて、次のアトラクションに行こう、その前に、水道は……」私と友人は連れてトイレに向かった。水道に2人並んで手を洗う。念押しするように友人は大丈夫か?と問うてきたが、私は笑顔で大丈夫、と答えた。


──その後。


フリーパスを買ったのだから、制限時間までアトラクションを楽しまなければ損。ということで、男女のカップルが乗るか親子連れが見た目的には妥当と思われる、回転するコーヒーカップに2人で乗り、メリーゴーランドの白馬にも乗ってしまった我々。さすがにメリーゴーランドは……と難色を示した友人も「なかなか不思議な気分だねぇ」とまんざらでもない感じで白馬に跨っている。持参していたデジタルカメラで互いに写真を撮ってしまったり、この遊園地という日常の中の非日常を味わえる空間に、我々は酔っていた。


最後のデザートに取っておいたお化け屋敷。絶対怖くないでしょう、本物のお化けなんているわけないし……なんて軽口を叩いていた我々だったが、演出と効果音にすっかり脅かされてしまって「うわああああ!」「やめろおおお!」を連呼し、出口を抜けた我々の膝はかくかく笑っていた。


「いや、参った、大人になっても怖いもんだ……」と私。


「今夜夢に出てきたら嫌だなぁ……」と友人。


園内の時計に視線をやると、15時になろうかという時間である。そろそろ指定都市駅に向かわなければならない。友人は「ちょっと買い物」と売店に消え、私は売店入り口前のベンチで乾いた喉を潤していた。


「お待たせ」頭上から声が降ってくる。土産物でも買ったのだろう、友人は小さな茶色の袋を手にしている。


「じゃ、戻ろうか」私が言う。


「おう、戻ろう」友人が言う。


2人並んで出入り口ゲートへと歩みを進める。


受付には午前中とは別の遊園地ユニフォームの女性がいた。フリーパスカードを返却する。


「楽しめましたでしょうか?」の問いに揃って「はい」と答える。「またのお越しをお待ちしております」女性の声を背中に受け、2人並んでてくてく歩き、指定都市郊外駅へと向かう。ロッカーから重量級のボストンバッグと着替えを回収し、改札を抜け、タイミングよく滑り込んできた指定都市駅行きの電車に乗る。


空いた座席に、並んで座る。


「お化け屋敷と絶叫マシンは、もう勘弁な」座ったやいなや友人が言った。苦笑している。


「俺は……お化け屋敷とゴーカート、もう勘弁な」私はそう返し、苦笑した。


(11話に続く)



日常の中の非日常、それが遊園地でした。

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