40 優ちゃん
「エンデ」
続けて宣言し、逃げようとした。
が、ヨースケに腕を掴まれた。
「陽介!」
ケータの声と同時に羽交い締めされ、走ってくるケータに向かい合うような姿勢をとらされた。
嵌められた。ヨースケはケータの味方だったのか。クリーガーになっている今なら簡単に振りほどけるけど、怪我をさせるリスクがある。だからこそ、ヨースケはこの手段を選んだんだろう。
仕方ない。大人しくケータの顔を見た。
「久しぶり」
口元だけ笑みを浮かべ、ケータは腕を掴んできた。
「行くぞ」
「どこに」
「妹のいる病院に」
わかっていた。そして、残酷だった。
ケータはケルンを4個手に入れたから、きっと優ちゃんは元気になっているだろう。優ちゃんが俺を覚えていたら。手を伸ばした俺を認識していたら。その目に嫌悪や憎悪が浮かんだら。
やっぱり俺は自分のことばかりだ。助けようとしたことを背中を押したと勘違いされたくないだけだ。自分は良いことをしようとしたんだから、嫌な目で見ないでくれ。そう思っていたんだ。
全てを思い出してもお見舞いに行かなかったのは、行けなかったんじゃなくて行きたくなかっただけだ。
「お前が自分をどう思おうが関係ない。妹に会ってもらうからな」
いつものケータの声が、罪と罰を告げる審判に聞こえた。
白い壁。消毒薬のにおい。入院病棟は独特の空気が流れている。
会話は無かった。ケータの高校から徒歩20分圏内に病院はあり、黙々と歩いた。ケータはここに毎日通っていたのだろうか。
ケータは確かな足取りで進んでいく。その後ろをヨースケと一緒についていった。
「大丈夫か?」
「ああ。今では会いたいと思ってる」
ここに来る間に気持ちの整理をした。自分が何を思っていたのか。自分はどうしたかったのか。
忘れることで逃げて、でも結局は思い出すことを望んだ。その根底にあるのはお兄ちゃんへの憧れだ。お兄ちゃんならこうする、お兄ちゃんならこんなことをしない。その基準で考えると、優ちゃんには会わないといけない。
あの時は助けられなかったけど。そのことで嫌われるかもしれないけど。これからの助けにはなれるかもしれない。クリーガーの戦いに参加したことで、自分ができることがわかってきた気がする。
「ここだ」
ケータはドアを開けて病室に入っていった。
個室のようで、ドアの横には一人の名前しか表示されていない。
ケータに続いて病室に入った。
「お兄ちゃん!」
病室には母親らしき女性がいて、ベッドには記憶に焼き付いている少女がいた。上体を起こし、元気そうに見える。
少女はケータに手を伸ばし、ケータは手を取って上下に振った。
「あなたは」
俺に気付いた女性が、怪訝な表情を浮かべた。見たことがあるけど、誰かわからない。そんな表情だった。
一度唇に力を入れて、口を開いた。
「俺は」
「あ、お兄ちゃん!」
ケータを呼んだ時と同じ単語だったけど、自分に向けられたものだとわかった。
あの時手を伸ばした俺を覚えていたのか。俺の顔を認識していたのか。その目は輝いていて、負の感情は見えなかった。
優ちゃんは、ケータと繋いでいた手を片方だけ外し、こちらに伸ばしてきた。
「あなたは、あの時の」
女性は思い出したようで、軽く頭を下げて場所を空けた。
ケータの隣で、一人分のスペース。ヨースケは病室には入ってきていない。
優ちゃんが伸ばしてくれた手を、そっと握った。
「……ごめん」
「良かった。お兄ちゃん、泣いてなくて」
謝罪の言葉は笑顔に消えた。
泣いてなくて良かったと言われて、涙が出そうになった。
感情が揺さぶられることなんてなかったのに。家族が家族じゃなかったから、お兄ちゃんがいなくなったから、全部押し込めてきた。
忘れることで逃げて。無いものねだりはしないで。現状で満足して。
そんな中、お兄ちゃんみたいになりたいという目標だけで生きてきた。




