41 シオリ
何も言えずにいると、病室に医者が入ってきた。突然意識が回復したため、いろいろ検査をするということで家族以外は退出するよう言われた。
繋いだ手が離れる。あの時届かなかった手。やっと繋ぐことができた手の感触が温かく残った。
またね、と言った優ちゃんに、頷くことで応えた。声を出すと涙が出そうだった。優ちゃんの前で泣いて、心配させたくない。軽く手を振り、病室を出た。
病室の前で待っていたヨースケと一緒に、研究所に向かって歩き出した。目的は達成できたから、早く戦いを棄権しないと。ここから徒歩で一時間はかかるけど、ヨースケと話すのにちょうど良い。
「お前がケータに協力していたとはな」
「汐里に頼まれたんだ」
汐里が間にいたのか。俺の居場所は教えずに、俺が出てくるのを待ったわけだ。ケータにケルンを渡すその時を。ケータは俺に気付いても追い付くことができないから、汐里がヨースケに頼った。
きっとそれはケータのためじゃなく、俺のためだ。このままではいけないと分かっているのに踏み出せない俺に、きっかけを作るためだ。汐里だけがケータの連絡先を知っていた。
俺は汐里のことを守っているつもりで、守られていた。
「ま、ありがとな」
「どういたしまして」
「ヨースケって変わらないな。記憶にある良い奴のままだ」
「俺が良い奴かどうかは置いておいて、イチローも変わらない。汐里もだけど」
変わらないと言われて喜んでいいのか。悪くは思われていないみたいだから良いか。
ヨースケが取り戻したかった俺との関係性は、俺たちが昔とは大きく変わっていないことが前提だった。ヨースケは汐里から俺のことを聞いていたから、俺が記憶を取り戻したら昔のように戻れると思ったのだろう。汐里とは昔のように一番の友達になっているみたいだし。汐里にとってシュージは恋人、ヨースケは親友、俺は弟らしい。
ああ、弟は守られる存在か。記憶を失ってからもずっと守っていてくれたんだ。矛盾が出ないように、改竄した記憶に付き合ってくれていた。俺の代わりに兄さんと連絡を取ってくれていた。クリーガーの戦いでも、条件の涙を提供してくれた。我儘を言っているようで、俺のことを見ていてくれたんだ。
お兄ちゃんがいなくなっても立ち直れたのは、近くに汐里がいてくれていたからだ。
汐里は見返りを求める友愛だから、家族愛ではない。それでも特別な幼馴染みだ。




