32 ヨウスケ
近付いてくる男に声をかけようとしたけど、ケータに止められた。
「クリーガーだ」
腕時計が振動していた。
気付かなかった。考え込み過ぎていたか。切り換えないと。戦いに参加している間は、自分のことなんて後回しだ。
男は近付いてくる。同じ高校のジャージだ。紺のラインは、同じ学年のものだった。明るい茶色の短髪で、目付きは鋭い。
俺をイチローと呼ぶ男。液晶に表示された『ヨウスケ』という名前に知り合いはいない。
「覚えてないか? 汐里の言っていたことは本当だったのか」
「汐里? 汐里の友達か?」
「お前とも友達だったんだけど」
友達だった。過去形のそれは、きっと俺が忘れている記憶に含まれている。
いつ友達になって、いつまで友達だったんだろう。今でも汐里とは友達のヨウスケ。同じ高校にいるのに忘れたのか。近くにいても、忘れたのか。
忘れてはいけなかったはずだ。ヨウスケは俺を友達だと言っているのに、自分にとってヨウスケは知らない人だなんて。傷付けたくないのに、傷付けてしまう。
そうか。記憶を失うことは俺だけの問題じゃないんだ。汐里は、ヨウスケのことを忘れていても、それ以上に忘れていることが良い記憶があるから大丈夫だと言っていたのかもしれない。でも、それじゃ駄目なんだ。悔しくて、下唇を噛み締めた。
ケータは俺の様子を見て、前に出た。
「お前、クリーガーだろ。戦う気はあるのか?」
ケータは腕を伸ばして時計を向けた。牽制か。ケータはまだ条件を摂取していない。今戦うのは不利だ。ケータのためにも、今は記憶のことは置いておこう。
そっとポケットの中のケースに触れた。
「ない。俺の戦う理由がイチローなんだから」
俺に向かって歩いてくるヨウスケに、一歩後退った。
俺が戦う理由だなんて。また何かを失うかもしれないのに、そんな理由で戦うなんて。
また一歩下がろうとしたら、ケータに背中を押された。
「逃げるな。お前は向き合わないといけない」
「俺は理由になんてなりたくない。取り戻すんじゃなくて、一から作れば良いじゃないか」
「だそうだけど。お前は何を取り戻したいんだ?」
「イチローとの関係性」
俺の戦う理由と同じか。俺は自分の記憶だけど、ヨウスケにとっては俺の中の自分との記憶だ。その記憶を失った俺を責めるんじゃなくて、自分で取り戻そうとするなんて。もう一度取り戻したいと思うほどの関係があったんだ。そこに汐里がいたということは、きっと。俺はヨースケと呼んでいたんだろう。
ああ、そうか。ヨースケは幼馴染みか。思い出してはいないけど、記憶のピースが嵌った。四人だった幼馴染み。忘れた理由はわからないけど。
俺が戦うから、お前は戦う必要なんてない。
「それが理由なら」
「フェスト」
声が聞こえたと同時に、ケータが横に飛んでいった。




