33 負けること
一瞬の判断が勝敗を決する。そこにクリーガーの身体能力が加わると、負けは確定だ。
思わず攻撃に構えたけど、追撃はヨウスケに止められていた。ヨウスケは条件を摂取していたのか。
「早く!」
急かす声に、素早くケースの中の液体を舐めた。蓋を外しておいて良かった。
一歩でケータのところまで跳んだ。ケータは意識があり、呻きながら脇腹を押さえている。条件を摂取していないときに、クリーガーに攻撃されるなんて。
ケータの痛みを想像して、頭の中の何かが切れた音がした。
「クリーガーが集まって仲良しごっこですか?」
ヨウスケに攻撃を仕掛けながら、男は弾んだ声で訊いてきた。表情も愉快そうに口に笑みが浮かんでいる。整った容姿に、笑みが歪んで見えた。
こいつが残虐なクリーガーか。ケータが気絶していないのは手加減して蹴ったからだ。気絶させるとそこで戦闘終了になるから、戦闘を長引かせるためには力加減が必要だ。
実力があるからこそ、そんなことができるんだろう。ヨウスケは防御に徹していて、男の方が余裕だった。このままだとヨウスケが危ない。まずはこの戦いをどうにかしないと。
人差し指を噛み、ケータの口に指を突っ込んだ。ケータは深呼吸して顔を上げた。
「エンデ」
「は? 何ですか、それ」
男は攻撃を止め、近付いてきた。ゆっくりと、一歩ずつ距離は縮んでいく。
ヨウスケは男より早く傍に来て、俺の前に立った。
「つまらないですね。簡単に負けを認めるなんて、君の取り戻したいものは大したものじゃないんですね」
「お前と戦うくらいなら、1回負けるくらいなんでもない」
ケータは口を拭い、立ち上がった。
負けを認めることは、願いを否定することじゃない。自分が勝てないと思ったとき、それと同時に逃げられないとわかったとき、そのときは「エンデ」と言おう。そう、決めていた。
逃げられるなら、負ける必要はない。戦わなくていいだけだ。でも、今回のように相手が悪いときは、負けを認めて二度と戦えないようにするのが一番だ。ユーキと戦った後、ケータはこの男とは戦わないと決めた。俺も代わりに戦わなくて良い。自分の負けで良い。1回負ける価値はある、と言っていた。
ケータがそう決めたならそれで良い。ケータは戦う必要はない。
男は口元を歪めて嘲るように鼻で笑った。
「君が負けたところで、相手はまだ二人いるんですよ。そこのご友人も負けを認めるんですか?」
「俺はお前とは戦わない。さっきのは時間稼ぎだから」
「まあ、さっきので実力はわかりましたからね。で、後ろの君はどうするんですか?」
ヨウスケの後ろにいる俺に目を向けた。
慇懃無礼というのはこういうことか。クリーガーの戦いに礼儀を求めてはいないけど、こうも丁寧語で話されると感情を逆撫でする。二人称が「君」なのも、下に見ている証拠というか、感情を刺激しようとしているというか。
挑発に乗ってやる。戦いたいなら戦ってやる。お前の思い通りにはさせない。
「お前が戦いたいなら戦おう」
「「イチロー!?」」
「痛みは怖くないんだ」
痛みより、何かを失うことが怖いんだ。




