第3章
名前までは覚えていないけれど、確か彼は一年五組の生徒だ。
「どうしたの?」
「あの…オレのこと、憶えてる?」
「え?前に、どこかで会ったっけ」
「うん。ていうか、マジで憶えてない?」
「うん…ごめん。えっと、名前は――」
「柿本大翔」
「ヒロト…。あっ、もしかして、ヒロト君?」
「ほら。やっぱり、ユズキだった」
そう言って、彼はにっこりと微笑んだ。
まさか、こんな偶然があるなんて。
もう何年も前のことだというのに、あの頃のことが記憶の波となり、私の心に鮮やかな色を携えて押し寄せてきた。
――ぼく、ぜったい、トールとユズキのこと、わすれないからね。
――俺もおまえのこと、絶対忘れへん。約束や。
その約束を、融は、今でもちゃんと守っているだろうか。
私は、守れなかった。
彼がこうして私に話しかけてくれなければ、私はきっと、一生ヒロト君を思い出すことはなかっただろう。
ごめんね、と私は心の中でヒロト君に謝った。
「ユズキ、今日何か用事ある?」
「え?別にないけど。それと、その呼び方、やめて」
「何で?いーじゃん、別に。他の奴にもユズキって呼ばせれば」
「そういうことじゃなくて」
「あー、はいはい。わかりましたよ」
「ほんとに?ほんとに、ちゃんと分かってる?」
「分かってるって。…じゃ、今日の午後六時、駅前で。それじゃあね、センセ」
そう言うと、彼は私に背を向けて、教室へと戻っていった。
あれが、あの頃のヒロト君と同一人物だなんて。
何と生意気に育ったことか。
あの頃の、純粋で無垢なヒロト君は、一体どこに消えていってしまったのだろう。
時計を見ると、次のチャイムまであと五分しかなかった。
私は慌てて職員室に戻り、次の教室へと向かった。
けれど教室に着いたのは、チャイムが鳴った一分後。
私の調子が狂ったのは、柿本大翔のせいだ。




