第9話
設営作業は、拍子抜けなほどに何も起こらず、すんなり終わった。
男三人と女一人とはいえ、全員がそれなりに屈強で、作業自体に慣れきっていたのが大きかった。
そして村から来た彼らは、ただ純粋に手伝っているだけのように見えた。
こちらに変な警戒をすることもなく、特に監視されている様子もなかった。
むしろプリメイシアの方が見ていた。
中でも特に面白く感じたのは、やはり魔法だった。
彼らは惜しげもなく使った。
一人の男が、適当に立てただけの蛇腹状の木材の中心に立つと、そこを中心に風が吹き始めた。
するとその木が綺麗な円を描くように外に広げられていく。
光球とはまた全く違った、風を操る魔法。
「すげえな……日常生活でこういう風に魔法を使うのか」
プリメイシアは素直に感嘆の声を漏らした。
これまで「使えるものは使う」という教育を受けてきた彼女は、勝手に魔法を戦争の道具だと認識していた。
それを、改めなければならないなと、今、強く思った。
しかし同時に、どこでも出せる水、何もないところから上がる火の手、高所からの不意打ちといった可能性が、脳裏をよぎる。
(ダメだ。やめろ。この状況でこの力を見せてきた彼らは、きっとそれを望んでいない)
そう自分に強く言い聞かせた。
彼らの目に力をひけらかすそれはなかった。
誰かのために何かをすることに抵抗はない。
それは少ない村人たちが手を取り合って生きている証に見えた。
そして内装も村の人々が気を利かせてくれたのか、こぎれいな絨毯が敷かれ、簡易的なベッドと棚まで用意されていた。
一人の男がプリメイシアに近づいてきた。
「武器の棚は必要か?」
「ああ、頼む。あー、ちょっと待っててくれ」
プリメイシアは一旦荷馬車に向かい、長剣とは別の武器を手に持って戻ってきた。
「これも置いておきたい」
男たちはそれを見て、皆一様に目を丸くした。
それはプリメイシアの身長の五倍近くもある、柄の極めて太い巨大な槍だった。
男たちが慌ただしく小声で話し合いを始める。
そこに恐怖はなかった。
「なんだこの槍は……」
「外に立てるようにするか?」
「今ある材料じゃ無理だな。俺がやろう」
一人の男がテントの入口から少し離れた場所まで移動し、地面に右手を翳した。
すると地面が盛り上がり、甲高い音を立てながら、頑丈そうな槍掛けが瞬く間に完成した。
さらにその周りを、外から見えないように土壁で覆っていく。
「これでいいか?」
プリメイシアは満足げに拳を突き出し、親指を立てた。
「最高だ! 感謝する!」
男たちは作業を終えたことを確認すると、泰羊と鎧猪の肉を積んだ荷台を引いて帰ろうとした。
肉を見て、「あの槍だものなぁ!」と感心した声を上げていた。
風魔法を使っていた男が言った。
「鎧猪、感謝する。そこで……一つだけ頼みがある……」
少し歯切れが悪かった。
プリメイシアはなんだ言ってみろという表情を返す。
「なんだ? この際だ。領民じゃねえとはいえ、同じ土地に住む者同士だ。それにまだ聞くとも言ってねえだろ? 遠慮せず言ってみろ」
その表情には、好奇心も混じっていた。
これほどの力を持つ彼らが何を悩むことがあるのか。
男は意を決して口を開いた。
「村の近くで岩熊が出たんだ。討伐に協力してくれないか? お前の槍を見て、正直驚いた。村でもあのようなものを扱える者はいないだろう。もちろん礼はする。今日は村長からそれを伝えるように頼まれたんだ」
『岩熊』
その名前に、マルークが前に出た。
「岩熊って……そんな」
「どうした、マルーク。そんなに強いのか? 鎧猪とどっちが強い?」
「……」
プリメイシアが尋ねると、マルークは言葉を詰まらせた。
代わりに男が答える。
「岩熊は力のない村なら全滅させられるほどの魔物だ。……魔法があってもだ。決して強要はしない。それほどに強いからな。お前を侮っているわけではない。ただ……村の住民も対抗できるものが減ってきている。助けてくれると……うれしい。……いや、なんでもない。余計なことを言ったな。そっちも大変なんだ、頑張ってくれ」
男は踵を返して去っていった。
プリメイシアはその背中を見つめていた。
「……岩熊ねぇ」
マルークが心配そうに近づき、彼女の袖を引いた。
「プリメイシアさん、無理しなくて……いいですから。岩熊は、とても強いので」
「無理してるのはお前じゃないか?」
プリメイシアはマルークの頭を軽く叩いた。
「ま、なるようになるさ」
そう言って、彼女はテントを眺めにその場を離れた。




