第6話
そうして元の拠点に戻って来た。
遠くに彼女が最初に降り立ったあの馬車が見えてきた。
まだ荷物が積まれたまま、草原の真ん中で待っている。
あと多少荒らしただけの畑もどき。
「よし、着いたぞ」
プリメイシアは二頭の泰羊の首を軽く叩いた。
「メメル、メリム、運んでくれてありがとな。これからもよろしく頼むぞ!」
泰羊たちは「よろしく」と挨拶しているように鳴いた。
マルークが少し恥ずかしそうに改めて右手を伸ばしてきた。
「これから、よろしくお願いしますね、プリメイシアさん」
「ああ、こっちのセリフだ。よろしくな、マルーク」
プリメイシアは握手を返した。
こうして、プリメイシアの開拓生活は、たった二頭の泰羊と一人の少年を連れて、本格的に動き始めた。
すでに日は中天を過ぎていた。
プリメイシアは馬車の荷台に腰を下ろした。
「さて、今日の飯はどうするかな……」
泰羊を撫でていたマルークが、川下の方を指差した。
「あの……多分、あっちの方に魔物がいると思います。少し大きめの気配がします。ですが、それほど凶暴ではないと思います」
プリメイシアがその方向に目を凝らす。
何も見えなかった。
「……分かるのか?」
「ええ。魔法が使える者は、魔物の魔力を何となく感じ取れるんです。……正確な場所まではわかりませんけど、その魔力量や性質くらいはぼんやりと分かるんです」
「じゃあここは任せた。飯になりそうなら獲ってくるよ。その間にそいつらと畑でも作っておいてくれ」
「はい! 任せてください」
プリメイシアは腰の長剣を確認した。
少年の示した方向へと、単身で歩き出した。
少し行くとたしかに魔物がいた。
最初に目に入ったのは、灰色兎だった。
一般的な兎にしては二回りほど大きめで、毛並みがくすんだ白。
草むらに低く身を潜めているがはっきりと見える。
草を食んでいるが、長い耳を動かして常に周囲を警戒している。
(よし、肉にはありつけそうだな)
プリメイシアは剣を抜いた。
「おらぁ! 兎ども! かかってこいよ!」
そして同時に咆哮のように挑発した。
その声に反応して四匹いた兎たちがすぐさま並んで襲ってきた。
本来であれば野生の動物は逃げ出すだろう。
しかし魔物と呼ばれる生物は、敵と判別したものに襲ってくる習性がある。
野外での魔物狩りは、自信がある者はこうして自ら前に出て目標となるのが習わしだった。
というより度胸試しの一環でもあった。
プリメイシアは先頭の一匹に剣を袈裟懸けに斬り下ろす。
兎は軌道を読み、横っ飛びに回避。
「ギィ!」
叫びながら、地面に着地する。
そこに彼女の剣が刃を翻し、刺突を加えた。
「ギュギューッ!」
喉元を正確に貫き、灰色兎は声を上げ崩れ落ちた。
「よし、これで一匹」
それから三匹。
どれも同じように、動きを読み、喉を突いて倒した。
巨躯からは想像もつかない、滑らかで無駄のない剣捌きだった。
貴族の剣術を幼い頃から叩き込まれた結果だ。
力任せではなく、間合いとタイミングで勝負を決める。
四匹目を仕留めた直後。
後方から、地面を震わせる重い足音が迫ってきた。
プリメイシアは振り返った。
そして剣を構える。
そこにいたのは、鎧猪だった。
体長は彼女の頭の高さほどもある巨大なイノシシの魔物。
全身を厚い泥の層で覆い、天然の鎧を纏っている。
純粋な力と突進だけが武器だ。
「どこに潜んでた、デカブツ! こいつらはお前の獲物だったか? こいよ! 奪ってみろ!」
猪は挑発に乗り一直線に突っ込んできた。
作戦通りだった。
プリメイシアは半歩横にずれるだけでその勢いをかわし、動きを観察する。
泥の鎧は首筋までびっしり。
動きには大きな隙がある。
突進以上のものはなかった。
(推進力に合わせれば剥げそうだな)
次の攻撃の瞬間を狙うことにした。
今度は回転しながら左に受け流し、その勢いのままに剣を首筋に向けて横に払った。
刃が泥の層を削り取り、首の毛皮を露出させる。
猪がすぐに切り返してまた一直線に体をぶつけに来る。
次は一歩右前に踏み込み交わし、猪の側面に回った。
間を置くことなく横から、露出した首筋に狙いを定める。
一直線に剣を突き出した。
正確無比な刺突が泥の鎧を裂け、剣は深く沈み、猪の巨体がビクリと震えた。
勢いのままに剣が持っていかれそうになるが、柄を捻り、引き抜いた。
血を払い、残心を取る。
「ふぅ……悪くなかったぞ」
鎧猪は泥の欠片を撒き散らしながら、その場に倒れた。
「大漁大漁!」
プリメイシアは魔物たちの死亡を確認すると、鼻歌交じりに縄でまとめ、肩に担いだ。
「さて、なに作ってもらおうかなぁ」
重みなど微塵も感じさせない堂々とした足取りで、馬車のいる場所へと戻る。
すると、そこにはすでに小さな畑ができ上がっていた。
マルークが魔法の光を操りながら土を耕している。
光の束が地面を削り盛り上げているのが見えた。
マルークがこちらに気づき、目を見開いた。
「鎧猪……ですか!? すごい!」
少年の声は純粋な驚きと喜びに満ちていた。
「いや、すごいって、お前の方こそなんだそれ。もう畑できてるじゃん!」
「こんなの朝飯前ですよ! プリメイシアさんの方がもっとすごいです! だって鎧猪ですよ!?」
プリメイシアは獲物を地面に下ろした。
「おーおー、そんなに喜んでくれるか。でも、そんなに強くなかったぞ? これくらいならお前たちでも魔法を使えば狩れるだろ?」
マルークは首を横に振った。
「魔法は魔物の魔力で弾かれることも多いんです。そうなると結局、肉弾戦になるから……鎧猪みたいな硬いのは、なかなか倒せなくて。村の大人たちでも、みんなで囲んでやっとって感じですよ」
そう言って、マルークは改めてプリメイシアを見上げた。
その瞳には、尊敬の色が浮かんでいた。
「プリメイシアさん、ほんとにすごいです……」
プリメイシアは照れくさそうに鼻を掻いた。
「大げさだな。腹が減った。飯にするぞ。畑づくりもご苦労さん」
プリメイシアはマルークの頭を軽く叩くように手のひらを乗せた。
こうして、二人の初めての『共同作業』は、別々の場所で、それぞれの役割を果たして成功を収めた。




