第5話
村を出ると、草原の風が吹き抜けた。
テントのすぐ外、わずかに傾斜した牧草地に、草を食む羊の群れがいた。
体長はプリメイシアの腰ほどもあり、毛並みは灰色がかった白。
角は太く、足はがっしりしている。
ただの羊ではない。
明らかに「大型」の品種だ。
魔力を帯びた獣、『魔物』に近いのかもしれない。
マルークが群れの中から二頭を選び、その体に縄を付けた。
「この羊たちなら、小さめの荷台を引けます」
「ずいぶんデカいな。襲ってはこないのか?」
「泰羊は大人しい性格なんですよ。大角羊っていう気の強い羊も草原にはいるんですが、あっちは突進してきて危ないんです」
「ふーん。タイヨウっていうのか。そのオオツノヒツジってのも今度見てみたいもんだな」
二頭は大人しくマルークの横に並び、プリメイシアを見上げた。
どこか優しい気配を肌で感じた。
大人しく、人懐っこい。
泰羊たちの後ろには小さな荷台が縄で繋がれていた。
そこに村の女たちが布包みを差し出してきた。
中身は干し肉の塊、硬いパン、塩漬けの野草、わずかなチーズ。
量は決して多くない。
「友好の印だ」
モーセムが近付いてきて言った。
「ありがたくもらう。……礼を言う」
プリメイシアは素直に頭を下げた。
マルークが泰羊の縄を軽く引くと、二頭は歩き始めた。
荷台の車輪が草を踏みしめる音が、心地よいリズムを刻む。
プリメイシアは荷台の横を歩きながら、改めて泰羊を眺めた。
「マルーク。この羊……泰羊ってのも魔物なのか? それとも大型の羊ってだけか?」
「この子たちは魔物ですね。ですが敵に襲われない限り、とても温厚です。魔法は使えませんが、毛が伸びるのが早いんです。なので毛から布を作ったりできますし、こうして物も運べます。あと……」
「鍬でも付ければ、畑も耕せそうだな」
「そうなんです! 僕たちは定住が難しいので畑を作ったことはないのですが、彼らは人懐っこく、人間が言っていることも多少理解ができます。きっと農業なんかの手伝いもできるんじゃないかなってずっと思ってたんです!」
プリメイシアの何気ない言葉にマルークの目が輝いた。
それは今までよりもずっと少年らしい表情だった。
「なんだ、楽しそうだな?」
「あっ、はい……すみません」
「いや、それでいい。子供は子供らしくだ。やりたいことがあるならやればいいさ。どうせ時間も土地もいっぱいあるんだ。悪いこと以外なら俺の領は大歓迎するぞ!」
自分の力だけでは到底追いつかない広大な土地。
この泰羊が、ほんの少しでもその負担を減らしてくれるなら、それが一番だとプリメイシアは思った。
「ありがとうございます! やってみたかったんです!」
「おうおう、好きにしろ!」
「もし……プリメイシアさんが『良いな』って思ってくれたら、今後も村と交易してやってください。定期便で香辛料なんかが手に入るようであれば、交渉材料になると思います。うちは泰羊をたくさん飼っていますので、必要なら何頭でもご用意できると思います」
「交易、ね……。ま、まずは俺とお前とこいつらの食い扶持からだな! 泰羊ばっかり増えても飯は食えねーからなぁ」
二頭の泰羊は、自分の意思で荷台を引いているかのように、草原を進む。
移動中にマルークが角の短い方を「メメル」長い方を「メリム」と呼んでいることにプリメイシアは気がついた。
(俺も……そう呼んでやるか)




