第4話
父から叩き込まれた領地経営の基本が頭の中に甦ってきた。
「俺がここに送られた以上、俺は正式にこの地の開拓責任者として認められている。領民が領主の命に従わず、税を納めず、労役を拒否し、開拓に協力しない……そんなことをすれば、どうなるか、わかっているのか?」
彼女は指を一本立てた。
「まず、父上が動く。次の定期行商便で報告が上がれば、騎士団が派遣される。人数は少ないが、質は保証付きだ。ここなんて一晩で灰にできる」
モーセムは無言で炉の火を見つめている。
プリメイシアはさらに二本目の指を立てた。
「次に、王都の記録に残る。『開拓命令拒否』と。領地反乱と見なされれば、一転して罰税を科される。この程度の村なら三年で潰れるだろうな」
三本目の指。
「それでもまだ村が残っていたら、最後は俺自身が動く。俺は軍人の娘だ。協力しない領民を説得する方法は、父上からたっぷり教わっている。……まあ、できれば血は見たくないがな」
沈黙が落ちた。
マルークが息を呑む音が、すぐ後ろで聞こえた。
「俺は理不尽に追放された身だ。だからこそ、この土地で生きていく覚悟はできている。俺の邪魔をする者には、同じだけの覚悟を求める。それが俺の求める領主と領民の関係だ。……どうする、村長モーセム。協力する気はないと言い張るなら、今ここでその覚悟を見せてくれ」
プリメイシアは村長の目を見据えたまま、最後にそう告げた。
炉の火が、パチリと音を立てた。
「……え、なにこいつ怖くね」
モーセムの口から、予想だにしない砕けた言葉が飛び出した。
プリメイシアは思考が止まった。
ん?
さっきまで張りつめていた空気が、一瞬で切れた。
マルークが慌てて村長に近づき、その体を揺すった。
「村長、威厳を……!」
「だって、もう無理じゃろこんなの! 怖いんじゃもん! 殺すみたいなこと言ってるんじゃもん!」
モーセムはプリメイシアを指差しながら、子供のように腕を大げさに動かした。
プリメイシアは内心でつぶやいた。
(……なんだこれ?)
威圧感たっぷりだった村長の姿が、幻だったかのように崩れ落ちている。
貴族の娘として、様々な人間を見てきた彼女ですら、こんな急転換は初めてだった。
モーセムは咳払いを一つして、なんとか真面目な顔を取り戻そうとした。
「それで、プリメイシアと言ったか? たとえなんと言われようが、この村は他の国のためには協力はせん。それは揺るがぬ。というより揺るいではならんのじゃ。許してほしい。わしらが崇めるのは神のみ。でなければ力を失ってしまう。それはお互いにとって得なことではないはずじゃ」
「そんなこと言われてもなぁ……」
するとマルークが一歩前に出た。
「村長、見せた方が早いかと」
少年は左袖をめくり上げた。
プリメイシアの視線が、その欠けた左腕の付け根に注がれる。
次の瞬間、
白い光の束が、少年の肩口から溢れ出した。
光は形を整え、体から完全に飛び出し、空中に浮かぶ球体となった。
プリメイシアは剣の柄に手を置いた。
「……なんだそれは」
モーセムが右手を突き出し、プリメイシアの攻撃姿勢を制止した。
「魔法じゃよ。神から頂いた力じゃ。我らの一族は生まれてくるときに何かを神に捧げる。その代わりに魔法を使えるようになるんじゃ。マルークは生まれる前から左腕を捧げて出てきたんじゃ。そしてこの力を得た」
マルークは無言で光の玉を操り始めた。
細く伸ばし、
太く膨らませ、
盾の形に、
剣の形に、
さらに体の周りを回転させると、光は再び肩口へと吸い込まれていった。
モーセムはプリメイシアに向けた腕を下げた。
「我々はこの力を持つが故に、道具として度々戦争に巻き込まれてきた。力が使える者も、もうここにおるものしか残っておらん」
プリメイシアは剣の柄から手を下ろした。
「魔法……か。初めて見たな。……そうだったのか……たしかにそれならば……」
人間の中で魔法を発現する者は基本的にいない。
神職に就く者が稀に使えるようになるというのは聞いたことがあった。
それがこの村の人数分存在するとなると、余計な火種を生みかねないなと、誰にでもわかる答えが頭によぎった。
「それにこの力はなぜか国に仕えると失われるんじゃ。神の力としての代償なのじゃろうな。何人も連れていかれて……帰ってきた時には酷い有様だった」
モーセムの言葉に、プリメイシアは自分が追放された時の光景を思い出した。
理不尽が、いつ自分の身に降りかかるかわからない。
今、自分がその理不尽を他者に与える側に回っていいのか。
胸の内で、短い葛藤が渦を巻いた。
彼らの言葉に嘘は感じられない。
「俺は……拠点に戻る。次の定期便までにまだ時間はある。それまで俺と交流を図り、良き隣人として付き合っていくというのはどうだろうか。この状況は正直俺一人では抱え切れる問題ではないようだ。判断はそこでさせてもらいたい」
「……助かるよ。わしらもいつかはこうなると思っていた。ここは小さい小競り合いはあれど住みよくてな。いつのまにか知らぬ国の領地に入っていたとはな……迷惑をかける」
「一応言っておくが、いい返事を聞かせられるとは限らない。その力を振るい、俺に不利益を与えようものなら、分かっているな?」
「ああ。その言葉だけでもわしらはうれしいのだ。まともに会話ができた外の人間は久しぶりだからの」
モーセムは顔をマルークの方へ向けた。
「礼と言っては何だが、マルークを友として連れていってくれ。魔法も使えるが、料理も得意だ。魔法とは何かを知るいい機会でもあろう? 良き隣人として付き合ってやってくれ」
マルークは素直に頷いた。
「わかりました」
そして彼はプリメイシアに向かって、右手を差し出した。
「よろしくお願いします」
プリメイシアはその小さな手を、迷わず握り返した。
領民ではない。
けれど、一人と……村の民丸ごとの友を手に入れた。
孤立が溶けていくぬくもりが、胸の奥で広がっていくのを感じていた。




