第34話
草を踏む音とは違う、落ち葉を踏む微かな音がいくつも聞こえてくる。
やがて、一人の男が太い木の陰から姿を現した。
「おうおう、誰がか弱いって? ったく、見上げるほどたぁ、実際に見るとでけえ女だなおい」
男はプリメイシアよりも頭一個分は小さかったが、それでも十二分に逞しい体躯をしていた。
日に焼けた浅黒い肌、短く刈り上げられた髪、剣をすでに抜き放ち、軽く構えている。
その立ち振る舞い、足の運び方、視線の置き方、すべてが、ただの野盗とは違うものを物語っていた。
プリメイシアは男に槍を向けた。
「お前、元騎士だな」
「よく分かったじゃねえか。頭いいなお前。それとも軍関係者か?」
「どうだかな。襲撃を計画していたのは、一度目の馬車からだな?」
「ほお。気づかれていたか。勘もいいとはな」
「いや、言ってみただけだ。案外素直なんだな」
「これは余裕ってやつだ。こんなところに紋の付いた馬車が頻度よくくるなんて、よっぽどのボンボンだろう? たっぱはあるがそれだけだ」
「お前らはただ多いだけだろ」
「口も上手いときた」
男は剣の切っ先を軽く上下させながら、一歩近づいてきた。
「顔も頭も悪くねえ。体つきも好みだ。お前は生かしておいてやるか。いい女だ。俺のものになっとけ。お人形さんみてーに大切に使ってやるよ。そんな小僧じゃ満足できねえだろ?」
プリメイシアは答えず、周囲の方に気を配った。
(聞きたいことは聞けたな。やはり俺が急きすぎた結果か。バスチールが来るまでまだ時間はかかるだろう。しかしこれ以上は難しいか……)
森の木々のざわめきに、明らかに人の気配が混じっている。
「十人ほど隠れているな」
プリメイシアは淡々と続けた。
「拠点を狙うには総数が少ない。……何人か様子を見るために送り込んだか? だとしたら俺を舐めすぎだろ」
「……お前、最高だな」
その言葉が合図だった。
森の奥から、乾いた弦の音が響いた。
矢が一本、木々の間を縫うように飛んでくる。
プリメイシアは体を低く回転させ、マントで矢を絡め取った。
彼女は回転の勢いのまま、その前に撃たれ、落ちていた矢を掴み上げ、体を捻り、全力で目の前の男に投げた。
「っ!?」
男は剣を振り上げて矢を弾き飛ばしたが、半歩後退した。
男は木へと身を翻し、姿を消した。
プリメイシアは追わない。
後ろだけを警戒していた。
先ほどのバスチールの攻防を見て実力はなんとなく分かっていた。
正面からの攻撃は捌き切れると確信し、気を付けるべきは、後方からの不意打ちだけだと割り切った。
そして前方だけに気を配っているように、体を前傾させ隙を作る。
後ろから落ち葉を踏む微かな音が聞こえた瞬間、プリメイシアは思い切り槍を横薙ぎに振り回した。
最初は柄の中ほどを握り、敵に届く瞬間に滑らせるように柄を流して間合いを伸ばす。
彼女の得意技だ。
後の敵は見えてはいなかった。
それでも感覚でそこにいると分かる。
振り向いた瞬間、ちょうど切っ先が届く位置に二人の影があった。
片方の首を、もう片方の目を、薙いだ。
二人はその場に倒れ、プリメイシアはまた先ほどの男の方に向き直した。
「やるじゃねぇか。戦い慣れてるな、女ぁ! ますます気に入った!」
木の奥から、野太い声が響いた。
(話しかけてくるか。これは……まだ時間を稼げるか?)
戦闘中に気を引き、後方を取り、弓矢で狙いを繰り返す。
これが彼らの作戦なのだと、読み取った。
恐らくあの男以外はただの野盗。
今の動きからも分かるように、集団戦術などはとってこない。
ただ囲って不意打ち。
余りにも単純すぎる作戦。
まだできて間もない集団なのだろう。
(統率するための役割と、簡単な戦術だけ教えたんだろうな)
であれば、彼を止めれば他は動けないはず。
プリメイシアは次の陽動に出た。
「強襲の連携が素晴らしいな! 良い作戦だ! 俺でなくては死んでいただろう! どこに仕えていた?」
静寂。
他の者もどう動くべきか迷っているのか、足音すら聞こえない。
「王国だ! それ以外あるか!」
木の奥の男が答えた。
「この領のものではないのだな! どうりで見たことがない型だと思った! 立ち方一つ違うものな! 特にお前は武の心得があるとすぐわかったぞ!」
「立ち方で分かるか?」
「お前はそれほどの使い手だということは分かる! 場所が場所なら一騎打ちを願いたいところだ!」
(乗ってくるか?)
「断る! もう騎士じゃないんでな!」
やはり元騎士か。
であれば、王国から逃げ出したものか?
「残念だ! 拠点を狙ったのは内乱の影響か?」
「内乱? どういうことだ?」
「噂で聞いただけだ! 違うならいい!」
逃げ出したのは追放前の可能性が高い。
でなければ私の顔位は知っていそうなものだ。
ならもうこれ以上の情報は引き出せないか。
そんな会話を続けていると、少し奥の方で悲鳴が上がった。
「ぎゃあああああ!」
プリメイシアはそれを合図に歩を進めた。
「有意義な話をありがとう! 優秀な部下が来る時間も稼げたよ!」
森の奥から、影が飛んでいくのが見えた。
その後ろには、倒れるもう一人の男の姿があった。
「遅いぞ、バスチール! 援護は任せた!」
返事は帰って来ない。
それもそうか。
彼女は弓兵でもある。
位置を特定されるわけにはいかない。
プリメイシアは槍を構え直した。
「よし……本気出すかあ!」




