第33話
プリメイシアは走り続けていた。
草原の先に、木々が密集し始めた森の入り口が見えた。
同時に、幼い叫び声が木々の奥から届く。
「誰かー! 助けてー!」
その声は紛れもなくファイだった。
男が少年を小脇に抱え、必死に森の奥へと逃げ込んでいる。
ファイが激しく暴れるせいで、男の足取りは乱れ、速度が上がらない。
プリメイシアは落ち葉を蹴散らし距離を詰めた。
「その手を離せ、下郎がぁ!」
男はその咆哮に反射的に振り返り、足を止めた。
作戦通りだ。
プリメイシアの顔に、怒りの色は微塵もなかった。
ただ冷徹に、冷静に、相手の動きを読み切っていた。
地面を強く蹴る。
瞬発的に加速する。
巨大な槍が一閃。
穂先が男の喉を正確に貫き、すぐに引き抜く。
続けてもう一閃、心臓を突き刺した。
腰を回転させ、槍を横に薙ぎ、一歩踏み込む。
そして柄尻を男の顔面に叩き込んだ。
「っ……!」
男は絶命と同時にきりもみながら吹き飛び、地面に叩きつけられた。
ファイが小脇から離れ、地面に転がる。
プリメイシアは槍を構えたまま、周囲に注意を走らせた。
まだ敵の気配がする。
視線を下げず、ファイのそばに近寄りながら、懐から小さな笛を取り出した。
素早く強く吹く。
甲高い音が、森の中に響き渡った。
騎士団で共有する、合図用の笛だ。
彼女はファイのそばにつき、
「ファイ、大丈夫か?」
その肩を撫でた。
「弟をよく守ったな。すごいじゃないか。まだ周りに敵がいる。俺一人なら何とかできるが、お前を守りながらだと難しいかもしれない。だから俺から離れるな。いいか?」
プリメイシアが目を向けないままをファイに尋ねる。
ファイは無言で、首を縦に振った。
「よし。その場にしゃがんでいろ。攻撃が当たらないようにな。寝そべっていてくれ。できるだけ声を上げるな」
ファイは大人しく地面に伏せた。
その瞬間――
パスッ。
乾いた弦の音が響き、プリメイシアの右肩を穿った。
マントが矢を防ぎ、矢が地面に落ちた。
彼女は痛みの確認だけした。
(刺さってはいないな。優秀な毛皮だ)
「弓の伏兵か。面倒だな」
槍を握る手に力を込め、矢の飛んできた方向を睨みつけた。
「出てこいよ! か弱い女一人相手に、隠れて恥ずかしくないのか!」
声に嘲りが混じる。
だがその目は、相変わらず冷静に周囲を探っていた。




