第30話
彼女は右手を差し出し、掌を上に向ける。
「ファイとラック。怖がらなくていい。俺はプリメイシアだ。ここでは王都みたいな理不尽はない。腹は減ってないか? まずは飯にしよう。マルークの料理は旨いんだ」
双子は怯えたまま、固く口を閉ざしていた。
ファイとラックはその手に目を留めたまま動かない。
(ま、そうだよな)
プリメイシアはこのような子供たちを、これまで何度も見てきていた。
魔族だからといって、対応が変わるわけではないだろうと想定し、それ以上は深く踏み込まなかった。
彼女は立ち上がると、パッチェロから以前受け取った金貨の入った袋を取り出した。
中から金貨を出そうとした瞬間、プリッツォが手を伸ばして制止した。
「前にもらった分で十分足りています。次に来た時にでも結構です。その時はまた……領民を連れてきた方がいいでしょうか?」
プリメイシアは周囲の区画整理された土地と、すでに実り始めている畑を見渡した。
「ああ。あと八人くらいは受け入れられそうかな」
これからのこの地の産業を考えても、それくらいの人数は必要だと見通していた。
何よりも、村からの支援ばかり受け続けていては問題があると感じ始めていた。
「わかりました」
そう言い残すと、彼女は御者台に飛び乗り、馬車を動かしていった。
馬車が草原の向こうに消えるまで、プリメイシアは黙って見送っていた。
やがて彼女は小さく呟いた。
「次はなにか売れるものくらいは用意しないとな……」
持ち金が潤沢にあるわけではない。
プリッツォにも商売人としての務めがある。
ここに人を呼ぶのなら、職も必要だ。
何か考えないとな――
残されたファイとラックはその場で立ちすくんだまま、微動だにしなかった。
プリメイシアはそんな二人を一瞥すると、
「よし、今すぐお前らに家を作ってやるからな!」
それ以上、特に二人に積極的に関わったり触れたりすることはしなかった。
すぐにマルークの方を向き、短く指示を飛ばす。
「マルーク、この子たちを安全な場所に座らせてやってくれ。少し離れたところでいい」
「はい、わかりました」
マルークが双子に近づき、話しかけるのを確認すると、プリメイシアはバスチールと共にテント設営を始めた。
「あの子たち、戦争孤児みたいだねー」
作業を進めながら、バスチールが呟いた。
「実際そんなもんなんだろうな。ああいうのは過去何度も見てきた。余計な干渉は不要だ。多少年齢が近いマルークに任せておいた方がいい。最低限、衛生面と飯を与えて、本格的に話をするのは三日後くらいで良いだろう」
「プリメイシア、慣れてるねー」
「慣れていいもんじゃねーけどな」
「じゃあさくさくっと作っちゃおー!」
手慣れた作業のおかげで、あっという間に立った。
絨毯のような上等な敷物はまだなかったが、厚手の布を何枚も重ねて地面に敷き、余った時間で作っておいた簡易ベッドを中に入れた。
二つ置くか一瞬悩んだが、恐らくこの双子は寄り添って寝るだろうと察して、一つだけを配置した。
プリメイシアは、マルークの元へ歩み寄った。
「お前らの家ができたぞ」
目で合図を送ると、少年は双子に向き直る。
「ファイ、ラック。こっちだよ」
ファイとラックは大人しく中へと入っていった。
足取りはまだ心細げだが、抵抗する様子はない。
マルークが出てくると、プリメイシアは次の指示を出した。
「マルーク、食事の準備を頼む。できるだけ柔らかくしてやってくれ」
そして少し離れたところで待機していたバスチールに目を向けた。
「バスチール、彼らが体を拭けるように水を汲んできてくれ。布も一緒に持って行ってやってくれ。拭かせるのは双子に任せろ。絶対に触れるんじゃないぞ!」
「はーい、了解!」
二人がそれぞれ動き出すのを確認し、プリメイシアは物資用のテントに向かった。
先ほどプリッツォが持ってきた香辛料や乾燥果物などの一部を取り出し、荷台に積み込んだ。
泰羊のメメルとメリムを連れ、村へと向かうことにした。
ついでに何か狩って帰ろうかと思い、槍も積んでおいた。
(これで領民は四人か。楽しくなってきたな)
その気の緩みによる隙が、これからの悲劇を引き起こすことになった。




