第28話
プリッツォは、今度は右側の小さなグループを指差した。
「こちらは、私が自分で回っている行商の品でございます。定期便とは別に、辺境の皆さまが欲しがりそうなものを集めてまいりました。お値段は相談に乗りますので、遠慮なくどうぞ」
革袋を一つずつ開けながら、続けた。
「岩塩、胡椒・山椒・乾燥ハーブ。乾燥果物です。甘いものが貴重なこの土地では、きっと喜ばれるかと」
布地の包みを広げると、鮮やかな赤と青の薄手織物が風に揺れた。
「色付きのスカーフや頭巾用の布地、毛皮の端切れ、刺繍入りのハンカチです」
さらに小型の木箱を開ける。
「火打石のセット、小型ナイフ、針と糸のセットです」
商品の説明が終わったところで、プリメイシアは胸元に手を滑り込ませた。
先ほど父から託された布袋を取り出し開ける。
中には、予想以上に金貨が詰まっていた。
王都の状況が悪化している今、父は「死ぬ前に使え」と念を押すように多めに用意してくれたのだろう。
「いくらだ? 全部買うよ」
彼女はそう言いながら、木箱の上に金貨を積み上げた。
「え……全部、ですか?」
プリッツォの兎耳が跳ねる。
「ここに金だけあっても仕方がないしな。ここでの暮らしを少しでも良くしたいんだ」
「わっ……分かりました。ではこれだけいただければ」
プリッツォは金貨に手を伸ばし、必要なだけ受け取る。
プリメイシアはその手にさらに数枚上乗せして金貨を乗せた。
「プリッツォ、遠慮はするな」
「ですが、こんなには」
「これからもよろしく頼む。それでいいだろ?」
「……畏まりました」
そんな中マルークとバスチールは荷物を物資用のテントへと運び始めていた。
プリッツォは頭を下げて、荷運びを手伝う。
プリメイシアは袋から手紙を取り出した。
父の字だ。
情勢はさらに悪化していた。
要職が次々とすげ替えられ、食糧備蓄の管理も杜撰になっているという。
将来的に飢饉の可能性すら視野に入れなければならないと、父は淡々と記していた。
『少ないながらも自給自足できるように、頑張ってくれ。辺境がお前たちの最後の砦になるかもしれない』
そして、最後に一文。
王子が魔族に対する排他的な政策を推し進めようとしているらしい。
だからこそ、父は今回、魔族のプリッツォを信頼できる行商人として送り込んだのだと。
『安く、確実に、信頼できる者を雇えたのは幸いだった。お前なら、きっと上手くやれる』
手紙を畳みながら、プリメイシアは静かに息を吐いた。
王都の理不尽が、とうとう辺境にまで影を落とそうとしている。
だったら、自分にできることは一つだけだ。
「いい関係を結んでおかないとな」
荷運びが一段落したところで、プリッツォに近づいた。
袋からさらに金貨を掬い取り、彼女の小さな手に押し込んだ。
合計すると、最初の商品代金の倍近くになる。
「これはさすがに……」
プリッツォはそれを断ろうとしたが、
「プリッツォ」
プリメイシアは彼女の目を見据えた。
「ここには、いつ来てくれてもいい。定期便じゃなくても構わない。次に来るときは、領民を連れてきてくれ。魔族でも、人間でも、お前が『こいつなら大丈夫』と思える者を。ついでに、木材も頼めるか? 量はできるだけ。金は弾む」
プリッツォは金貨の重みと、言葉の重みを同時に感じ取った。
「……お断りします」
最初にそう言ったものの、声は震えていた。
「こんな大金、受け取れません。私はただの行商人で……それに魔族ですし……」
「受け取れ」
プリメイシアは彼女の肩に手を置いた。
「ここは俺の土地だ。俺が『いい』と言ったら、それでいい。お前が連れてきてくれる連中が、魔族だろうがなんだろうが関係ねえ。ここは王都じゃない。もらえるもんはもらっておけ」
プリッツォはしばらく沈黙した。
やがて、深々と頭を下げた。
「……感謝、いたします」
その声は嬉しさと、驚きと、そして何より信頼が混じった声だった。
プリメイシアはその後頭部を見つめた。
自分にできることなんて、これくらいだ。
少しでもここを強く、豊かに、住みやすい場所にしておきたい。
それだけだった。
視界の端に映る形でバスチールが笑いながら拳を突き出し、親指を立てていた。どうやら全部、勘づいていたらしい。
マルークもそれを見て、同じように指を立てる。
プリメイシアは小さく笑った。
(……これから、ここが村へと変わっていく。それはきっと今よりももっと良いものになる)
そんな予感がした。




