第26話
道中だった。
プリメイシアは先頭を歩き、その後ろを泰羊と荷台、脇をマルークとバスチールで固めていた。
そのとき、マルークが突然危険を知らせた。
「プリメイシア! 何かいます!」
少年が指差したのは、川下の方角だった。
プリメイシアは振り向くと即座に反応した。
荷台から槍を掴み取り、地面を蹴って指差された方角へと走り出す。
「バスチール走るぞ!」
「はいはーい!」
バスチールもその後ろを追った。
整備された道の端、草原との境目あたりに、影が見えた。
馬車が一台停まっている。
その前に一頭の馬が繋がれていた。
その馬は漆黒で、通常の馬より一回り以上大きく、筋肉が盛り上がった体躯をしていた。
明らかにただの馬ではなく、魔物の類だ。
(マルークが気づいたのは、これか……)
プリメイシアは足をさらに速めた。
しかし、馬車の幌に描かれた紋章に気づいた瞬間、彼女の動きが止まった。
獅子の紋章。
それは紛れもなく実家の紋章だった。
御者がこちらの存在に気づき、手を高く上げてきた。
「こちら、プリメイシア様のキャンプ地でしょうかー?」
透き通るような、女性の声だった。
プリメイシアは槍を降ろし、完全には近づかず、遠くから言葉を投げた。
「そうだ! 何用だ?」
「ヴァルヘイン様からの定期便ですー! 降りてもよろしいですかー?」
「許可する!」
すると御者台から、一人の小柄な女性が飛び降りてきた。
その女性は、深くフードをかぶっていた。
プリメイシアは完全には警戒を解かなかった。
「名は? 顔を見せろ」
「プリッツォと申します。顔は……あー……そのー」
「どうした? 見せられないのか?」
「そういうわけではー……」
「プリッツォは観念したようにフードを外した。
現れたのは、白い短く切りそろえられた髪。
顔立ちは愛らしく、大きな瞳が印象的だった。
その頭頂部には、茶色のふさふさとした兎の耳がぴょこんと立っていた。
体は紛れもない人間のそれなのに、その耳だけが存在感を放っている。
「申し訳ありません。お目汚しを」
「魔族か……。父の子飼いか?」
「いえ、個人で行商をしております。ヴァルヘイン様とはこの度、新規で契約を頂きまして」
「そうか……悪いことを言った。人間を送り込むには危険だと判断したのだな?」
「はい。その通りでございます」
プリッツォの耳が、ぴくぴくと動く。
「魔族は……お嫌いでしょうか?」
「いや、偏見はない。ここでは王都のように振る舞う必要はない。重ねて言うが、悪いことを言ったな」
「いえ、ありがとうございます」
プリッツォは深々と頭を下げた。
魔族。
それは、生まれた時から人間と魔物の何かを併せ持って生まれてくる存在だ。
王国では一部の人間から忌避され、現王が「そこに差はない」と公言しているにもかかわらず、現実は残酷だった。
魔族というだけで凄惨ないじめを受け、生きる場所を失う者も少なくない。
魔法が使えればまだ仕事はあったのだろうが、見た目に反して使える者はいなかった。
彼女はまだ人間の要素が強く残っているからこそ、こうして表立って働けているが、実情は決して上手くいっていないのだろう。
父も、特別な事情がない限り魔族と契約などしない。
デメリットが多すぎるからだ。
それでも今回、父が彼女を選んだということは……なにかと都合が良かったのだろう。
辺境の開拓地に、危険を承知で送り込める「非人間」の行商人として扱いやすい。
プリメイシアは内心でそう納得しながら、軽く顎をしゃくった。
「荷物は? 父からの定期便だな」
「はい! 馬車いっぱいに積んでまいりました」
プリッツォの言葉が終わった直後、草原の向こうから慌ただしい足音が近づいてきた。
遅れてきたバスチールだった。
「プリメイシア……速すぎ!」
「鍛錬不足だ」
「絶対そんなこと無いから!」
「そんなことよりだ。よかったな、ついに定期便が来たぞ」
バスチールの目が一瞬で輝き、飛び跳ねた。
まだまだ元気だった。
「やったぁ! ちょっと贅沢できちゃうね!」
「あんまり無駄にするなよ」
二人は自然と並んでプリッツォを案内し始めた。




