第21話
村に着くと、モーセムは最初こそバスチールを少し疑うような目で見ていた。
しかし、バスチールが村の人々の生活に興味津々で目を輝かせ、泰羊たちに自然と囲まれて頭を撫でられている姿を見ているうちに、その表情は次第に柔らかくなっていった。
「まだ予備は十分にある。持っていけ」
モーセムはそう言って、テントの素材を用意してくれた。
プリメイシアが金貨を差し出すと、
「まだまだこちらがもらいすぎじゃ。いいから持っていけ」
村長は手を振って拒否した。
荷台に素材を積み、三人は泰羊たちと共に拠点へと戻った。
道中、バスチールが泰羊の背を撫でながら歌を口ずさみ、マルークがそれに合わせて真似して歌う。
プリメイシアはそんな二人を横目に、微笑んでいた。
戻ってからも作業は順調だった。
三人でテントを立てるのは予想以上に早く、すぐに立派な一張りが完成した。
場所は、プリメイシアとマルークのテントから少し川下の方。
バスチール本人が「敵が来たときに安全でしょ?」と提案したのだ。
普段のチャラけた感じからは想像もつかない、状況を的確に読み取ったものだった。
「将来を見据えてるのか?」
プリメイシアが感心して言うと、バスチールは得意げに胸を張った。
「当然でしょー! 嫌と言っても帰らないからね?」
それはプリメイシアが明確に上の立場であることを示すシンボルとなった。
川上と川下で分ける単純なものだが、意外と効果的だ。
集落や国ですら似たような光景は見られる。
それをここでも成そうとしていた。
バスチールは言動から想像できないほど合理的だった。
次の日の朝、プリメイシアはいつものように肉の焼ける香ばしい匂いで目を覚ました。
外に出ると、すでにマルークとバスチールが焼き台を囲んでいた。
マルークが串を返し、バスチールが横からチーズを削って肉に振りかけている。
二人とも朝から楽しげだった。
「おはよう。朝早くからご苦労だな、バスチール」
プリメイシアが声をかけると、バスチールが口をもごもごさせながら振り向いた。
どうやらつまみ食いをしていたらしい。
頬が少し膨らんでいる。
「その、匂いにつられちゃって……!」
「はっはっは。気にすんな。マルークの飯は旨いからな。気持ちはわかる」
三人は焼きたての肉を平たい石に載せ、硬いパンと一緒に朝食を取った。
ところがバスチールだけが、プリメイシアから少し離れた位置に腰を下ろしていた。
「どうした、そんなに遠くで」
プリメイシアが不思議そうに聞くと、バスチールは照れくさそうに答えた。
「お風呂に入っていないから……。さすがに近くにいると申し訳なくて」
そうか、とプリメイシアは納得した。
騎士団では父の手腕で、毎日の入浴が義務付けられていた。
清潔を保つことが士気の維持に直結すると、徹底して教育されていたのだ。
ここには川こそあるが、風呂もなければトイレもない。
当然、バスチールのような女性にとっては、たった一日でも我慢の限界だったのだろう。
それもどうかと思うが……
「風呂、作るか? ついでにトイレも。ないと不便だろ」
食事が終わると、プリメイシアは言った。
バスチールが顔を輝かせた。
「よっしゃー! 本気出すよー!」
彼女は地面に膝をつき、木の枝で図案を素早く描き始めた。
元々絵を描くのが上手い。
趣味程度の適当な風景画が、貴族の間で売れたこともあるほどだった。
今も、地面に将来の村の配置を思い描きながら、トイレとお風呂の位置を的確に書き込んでいく。
さらに、川から水を一時的に貯めておくための貯水槽の提案まで加えた。
「村が氾濫に巻き込まれない位置であれば、供給の不安も少しは解決できるし、ちょうどいいんじゃない? 今すぐ大きいの作る必要はないし」
確かに理にかなっている。
「よし、採用。早速始めるぞ」
作業が始まった。
バスチールが意気揚々と、以前プリメイシアが作った木のスコップを手に取る。
プリメイシアがそれを制止した。
「マルーク、バスチールの前なら魔法を使ってもいいぞ」
マルークは頷いた。
地面に向かって光球を薄く伸ばし、軽く展開する。
すると土が削れ、綺麗な溝ができ上がった。
「ええっ!? なにこれ超便利ー! ってか魔法じゃん! すごーい!」
バスチールが感動のあまりマルークに抱きつきかける。
プリメイシアがその肩を掴んで引き止めた。
「いいから早く取り掛かれ。遊んでる暇はないぞ」
「はーい!」
二人が作業を始めたのを確認すると、プリメイシアは剣を腰に差した。
「俺は村に行ってくる。土魔法を使える奴が来てもらえるか、相談してくるわ」
「行ってらっしゃい!」
バスチールの声が届く。
プリメイシアは草原を歩きながら、ぼそりと呟いた。
「……やはり人が足りないか」
拠点は少しずつ形になってきている。
だが風呂一つ作るにも、資材がなく、土を掘るだけでは完成しない。
木で作るのも時間がかかりすぎる。
もっと人がいれば……。
村に向かって足を速めた。
(焦らなくていい。まだ、これからだ)




