第2話
具体的にどこまで開拓しろというのかは知らないが、ひとまず近場から始めた。
プリメイシアは初日に周囲の探索を行い、膝まで埋まる草を掻き分けながら近場に川があるのを発見していた。
透明な水面が陽光をきらめかせ、せせらぎの音が耳に心地よく響く。
その水を手で掬うと命を感じた。
水を飲み、草むらに転がった。
喉を潤す清涼感が全身に広がる。
(これは、生きている水だ。これさえあれば……)
都合よくこのような場所があるわけではないのだろう。
父が選んだ場所だ。
計算されているに違いなかった。
人並みの生活をするうえで、最も大事なのは水だ。
「さすがだ、父上」
これ以上甘えていたら、建国の英霊たちに怒られるな。
その想いが彼女の鍬を振る力になっていた。
特に宗教に偏った思想があるわけではなかったが、少し寂しさを感じていたのかもしれない。
それを忘れるためか、朝から晩まで鍬を振り続けていた。
ある朝。
プリメイシアは馬車の荷台で眠っていた。
馬は初日に連れて帰られた。
逃げないようにというのはあるのかもしれないが、馬分の食料を確保するのも難しいと見積もられたのだろう。
まだ寝息を立てていたが、幌の外に気配を感じた。
目を覚まし、胸元の長剣を手に取った。
「すみませーん」
外から少し高めの声がした。
それは女性とも男性とも取れる中性的な声だった。
プリメイシアは十分に警戒しながら、荷台から飛び降り、同時に剣を抜いた。
切っ先を声の方に向ける。
そこにいたのは白い上着に茶色のズボンをはいた少年だった。
プリメイシアはその様子を分析した。
武器は持っていない。
身長は自分の腹くらいしかない。
顔立ちは整っているが、体は貧弱で、
「ん?」
左袖が、肘から先でぷつりと切れていた。
右腕は普通にあるのに、左は肩から先が何もない。
(戦争孤児? 部位欠損……物乞いか?)
結論、危険はないと見極めた。
この程度であれば組み伏せられるだろう。
脅威ではないことは確認できたが、剣を下げないまま尋ねた。
「何の用だ。ここは俺の開拓村だ」
「……!?」
少年は剣におびえた様子を見せたが、一度深呼吸をして冷静さを取り戻した。
「あの……ここで何してるんですか?」
その問いにプリメイシアは周囲を警戒した。
話で注意を引き、不意を突くことは容易にある。
伏兵の様子はなかった。
足音も聞こえない。
「もう一度言う。ここは俺の開拓村だ。この馬車も……いや、この荷台も俺のものだ」
「開拓村……ここがですか?」
「ここは領主であるヴァルヘインの土地であることは知っているだろう? 俺はその娘、プリメイシアだ。つい先日、ここの開拓を任されることとなった。それでお前は誰だ? この辺りの子供か?」
「僕はマルーク……です。すみません。どちらの名も聞いたことがなくて……どうしよう。少し離れたところに村があるんです。ついて来てくれませんか? 村長なら何か知っているかもしれないので……」
村長……?
他に成立している村があるということか?
そんな話は父から聞いていないぞ?
プリメイシアは状況を理解できていなかったが、他に人間がいるということに安堵を覚えていた。
そして皮の防具を付け、腰に剣を差し、準備を整えると、村に案内してもらうことにした。
方向は川から離れた山の方。
おそらく草原地帯にあるのだろうが、そこまで遠くは探索できていないところだった。
プリメイシアは、ただ無言で移動するマルークの背中を見ていた。
その後ろ姿がかつての小さかった頃の王子に重なる。
そしてなんとなく、
(このような子ども相手に怯えなければならないほど……こんなことに巻き込まれるほどに、俺は王子に何をしたのだろうな)
と過去を振り返っていた。
そしてあることを思い出した。
「あー……暗殺って、入学式の時に肘が顔面に当たったあのことを言ってたのか?」
それが正解かは知らないが、勝手に腑に落ちた。
「恥ずかしかったんだなぁ……きっと」
それ以降出会っていないのだから、そうなのだろう、と。
少し重たかった足取りが軽くなった。
それは現実逃避に似たそれだった。




