第19話
二人が少し離れたのを見計らって、プリメイシアは荷馬車の方へ歩き、受け取った布袋から手紙を取り出した。
封を切り、広げて目を通す。
そこに書かれていたのは、王都の状況だった。
『プリメイシア
元気でやっているだろうか。
お前を領地の端に一人で送り出した日から、父として胸が張り裂けそうだった。
あの広大な草原でどれだけやっていけるか……正直、不安でならなかった。
しかしお前はきっと前向きに開拓を進めていると信じている。
さて、王都のことはお前にも伝えておかねばならん。
お前を追放したあの件以来、殿下の体制は、表向きは平穏を装っているが、内実は徐々に軋みを上げ始めている。
殿下の側近たちが要職を次々と独占し、軍事費を大幅に削って宮廷への恩賞に回した。
これには我々軍事貴族だけでなく、地方の有力家も強く反発している。
陛下の御容態も、遠征先で思わしくないという噂が絶えぬ。
権力の空白が、派閥を二つに割こうとしている。
我々は、まだ表立って動いてはおらぬ。
中立を保ちつつ、他家との連絡を慎重に進めている段階だ。
このまま殿下の独善が続けば、大きな対立は避けられまい。
……だからこそ、お前にはもう少しそこで静かにしていてほしい。
辺境の開拓を成し遂げることは、立派な務めだ。
王都の風向きが変わるまで、決して無理はするな。
パッチェロ、バスチール、トルレインの三人を遣わしたのは、ただの気まぐれではない。
お前が一人で広大な土地にいるのを案じ、せめて最低限の護衛と連絡役を置きたかったのだ。
特にバスチールは、我が家に古くから仕える信頼できる女騎士だ。
何かあれば彼女を通じてすぐに連絡を寄こせ。好きに使ってやってくれ。
くれぐれも体を大切に。
お前の無事を、毎日祈っている。
父 ヴァルヘインより』
プリメイシアは手紙を畳んだ。
「やはりそうか……あいつは余計なことしかしないな」
手紙を布袋に戻し、胸元に押し込んだ。
テントの方へ歩き出すと、ちょうど案内を終えたマルークとバスチールがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
まだまだ整っていない拠点だ。
案内するものなど、畑と地下の保存庫くらいしかない。
それでもバスチールの反応は思いのほか明るかった。
「すごいねプリメイシア! ここに来てまだそんなに経ってないのに、ここまで作り上げるなんて! 領主の才能あるんじゃない!?」
彼女はこういう女だった。
人を褒めるのが上手い。
決して取り入ろうとしてやっているわけではない。
むしろ真逆だ。
取り入るのを見たことすらない。
ただ、嫌なことは決して言わない。
常に前向き。
そういう女だった。
父が彼女を送ってきた理由も、なんとなくわかる。
何かあった時に元気を分けてもらえ。
そういうことなのだろう。
「才能ね。近くにある村に助けてもらってるんだ。お前も近いうちに顔を出しに行くぞ」
するとマルークが口を挟んできた。
「プリメイシアさん! 僕たちの方が助けられています! 返せるものがないくらいです!」
その頭を、バスチールが撫でた。
「そうだねー。彼女ったら好き放題他人を助けちゃうんだよー。きっとここでもそうだったんだねー。マルークくんはプリメイシアのことよく分かってるねー」
プリメイシアは撫でる手を見て言った。
「バスチール、距離が近くないか?」
「んー? そんなことないよー?」
「撫でる必要はあるまい」
「あれー? もしかして二人ってそういう関係? 私はお邪魔だったかなぁ?」
「おい、そんなこと言ってないだろ」
「マルークくんはどうかなぁ?」
マルークは顔がみるみる赤らんで、目を伏せて言葉を濁した。
「えっ……その……プリメイシアさんは、素敵な人だとは思います」
「ふふふー。可愛いねー。せっかくだからプリメイシアって呼んであげたらー?」
「調子に乗るな」
プリメイシアはバスチールの頭を鷲掴みにした。
そして指を絞り上げる。
「痛ててててて! 冗談! 冗談だから! プリメイシア! 死んじゃう!」
「これくらいでは死なん」
「死んじゃうって! 折れるから! 聞いたことない音が聞こえてるよ!?」
そう、バスチールは昔からこういう奴なのだ。
面白そうなことを見つけたら弄らずにはいられない。
そこに悪意がないのが、余計に厄介だった。
しかし事態は、もう一歩だけ前進した。
「プリメイシア……僕は、嫌じゃ……ないから」
マルークの唐突な、名前呼び。
プリメイシアは指の力が抜け、地面から持ち上げられそうになっていたバスチールが地面にへたり込んだ。
そしてプリメイシアは頬を掻き、目を背けた。
「おっ……おう。それなら……いいか」
なんとうぶなのだろうかと、自分を心底恨んだ。
よく考えたら婚約者はいたが、恋愛経験など皆無だ。
マルークのまっすぐな好意を受け止めて、困惑している自分がいた。
そして、仄かに顔が赤くなっているような気さえする。
プリメイシアは二人に背を向けた。
「頭を冷やして来る」
そう言い残し、彼女は川下へと早足で去っていった。
背後から、バスチールの楽しげな笑い声と、マルークの小さな「ごめんなさい……」が風に乗って聞こえてきた。
プリメイシアは耳まで熱くなるのを感じながら、草原を大股で歩き続けた。
(……ったく、なんだよこれ)
胸の奥が、妙にざわついていた。




