第17話
川の水が通り、畑はマルーク主導で泰羊たちと共にうまく作り上げていた。
気がつけば、十メートル四方ほどの整った畑が、完成していた。
父から送られてきた物資の中に、特別な芋の種があった。
どんな悪条件でもそれなりに育つよう品種改良された戦場仕様のものだ。
何度も食べたことがある芋だった。
彼女はマルークにその種を渡した。
「これなら一か月もあれば収穫できる。戦場でも使える優れものだ」
「わかりました!」
少年は畑に向かい、光球で穴を開けながら種を埋めていった。
(これで狩りができなくても、なんとかなりそうかな)
プリメイシアがそう安堵しかけた瞬間、二人は同時に何かに気づいた。
遠くから、複数の人間の気配が近づいてくる。
「っ……!」
彼女は思考より先に体が動いた。
テントへ飛び込み、重い鎧を着込む時間は惜しんで長剣だけを手に取る。
そして外へ飛び出すと同時に、槍も片手に掴み上げ、近づいてくる影に向かって構えた。
後ろからマルークの足音が近づいてきたが、振り向かずに言い放った。
「地下の食料保存庫に隠れていろ。何かあったら遠慮なく魔法を使え」
マルークは何も言わず、すぐに踵を返して地下へと走っていった。
徐々にその影がはっきりしてくる。
馬車はない。
馬が三頭。
騎乗しているのは複数人だ。
(野盗か……?)
プリメイシアは「先手必勝」と踏み切った。
槍を構えたまま、迎え撃つために自ら走り出した。
先頭の馬に狙いを定め、巨大な槍を構え直したそのとき――
「待って待って! 待ってくださああああい!」
馬上の男が慌てた声を張り上げ、馬を急停止させた。
三頭の馬が止まる。
先頭にいるのは男。
後ろに女が二人。
プリメイシアは槍を構えたまま、一切警戒を解かなかった。
男が馬から飛び降り、両手を上げながら叫んだ。
「俺です、俺! 忘れたんですか!? あなたの部下だったパッチェロですよ!」
「……なんだ、お前か」
プリメイシアはようやく槍の先を下げた。
彼女はその男を知っていた。
父の騎士団の一人。
短い茶髪にうっすらと無精ひげを生やした、騎士団の中では決して大柄とは言えない細身の男。
しかし剣技の冴え、口の回りの上手さ、そして何より戦術眼の高さで評価されている実力者だ。
そしてプリメイシアの直属の部下だった。
プリメイシアが身に着けていたのと同じ、皮の軽装を身にまとっていた。
「どうしてここに?」
「それがですねぇ……」
すると、後ろの馬から二人の女性が降りて近づいてきた。
「プリメイシア! 久しぶりね!」
「ちょっと、バスチール。ちゃんと挨拶くらいしなさい!」
元気いっぱいの明るい声と、少し大人びた落ち着いた声が重なった。
その二人にも見覚えがあった。
バスチールとトルレイン。
二人とも騎士団所属で、かつてプリメイシアの直属の部下だった。
バスチールは肩まである金髪を、今は後ろで高くまとめている。
活発で明るい印象が強い。
トルレインは黒髪を腰まで伸ばし、顔には知性が漂っていた。
二人とも顔立ちは美しく、それぞれに違った魅力を持っていた。
「バスチール、トルレイン!? 何で二人まで!?」
プリメイシアがバスチールに顔を向けた。
「それがだねぇ」
バスチールが嬉しそうに口を開きかけた瞬間、パッチェロが素早く彼女の肩を押さえた。
「お前は喋るな。伝わり方によっては問題が起きるんだぞ」
「はいはーい」
バスチールを下げ、パッチェロは改めてプリメイシアに向き直った。
「ったく……。プリメイシアさん。まずは、慣れない土地で大変でしたでしょう。こちらを」
そう言って懐から小さな布袋を取り出し、手渡した。
受け取ると、重い。
中を開けると、金貨が数十枚と、一通の手紙が入っていた。
「今、王都ではそれなりに面倒なことが起きています。今しばらくこちらにいた方がいいかと」
「それをわざわざ伝えに?」
「はい。詳しくは袋の中に。我々はこれ以上ここには滞在できないため去りますが、バスチールを置いていきます。好きに使ってやってください。それでは」
パッチェロが踵を返した。
「ちょっと待ってろ」
プリメイシアは素早く制止し、拠点の方へ走り出した。
地下の食料保存庫に飛び込むと、マルークが心配そうに顔を覗かせた。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫。知り合いだった」
短く答え、袋に小分けされていた岩熊の加工肉を一つ手に取る。
「もう少しだけ待ってろ。必ず戻ってくる」
そう言い残し、地下から出てパッチェロたちの元に戻った。
「これ、持っていってくれ」
袋をパッチェロに差し出す。
「これは?」
「俺が元気にやってる証拠だ」
「……分かりました。必ずや持ち帰ります」
パッチェロは袋を大切に懐にしまった。
その後、パッチェロとトルレインは馬に跨がり、元来た道を引き返していった。
(長く滞在はできない……人手が足りていないのか? 戦争、いや内乱の予兆でもあるというのか?)
馬蹄の音が遠ざかっていく。
残されたバスチールだけが、プリメイシアを見上げていた。
プリメイシアは槍を肩に担いだ。
「お前は遊びに来ただけだろ?」
「バレました?」
「こき使ってやるからな」
「懐かしいねー!」
「ったく、自分の飯くらいは何とかしろよ? 小さい魔物ならいっぱいいるからな」
「はいはーい」
プリメイシアはバスチールの肩を軽く叩いた。
ついに、領民が増えた。




