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中村が給湯室へ消え、ようやく捜査一課にいつもの空気が戻ってきた。
俺は書き終えた始末書を眺めながら、ふぅと息をつく。
『その他、色々すみませんでした』
便利な言葉だ。
これから先も、お世話になる気がする。
「ところでさ、斎藤くん」
金田がコーヒーを片手に俺のデスクへやって来た。
「なんですか?」
「噂によると、君って元ナンバーワンホストらしいじゃないか」
「そうですけど。それがなにか?」
金田は少し驚いた顔をする。
「否定しないんだ」
「事実ですから」
「何年くらいやってたの?」
「三か月……ですかね」
「三か月でナンバーワン?すごいじゃないか。それなのに、なんで辞めたの?」
俺は少しだけ遠くを見る。
思い出したくもない記憶が頭をよぎった。
「あの店には、マスコットキャラクターがいたんです」
「へぇ~、どんなキャラクター?」
「きのこの形をしたキャラクターです。僕はそのキャラクターが嫌いでした…」
金田は黙って続きを待つ。
「働き始めた頃は、店の隅に小さなぬいぐるみが一つ置いてある程度だったんです」
俺はゆっくりと言葉を選ぶ。
「ですが、日を追うごとに、奴は増殖していきました」
「……増殖?」
「グラスにもいました。シャンパンにもいました。メニューにもいました。壁紙にもいました。名刺にもいました」
金田の笑みが少しずつ引きつっていく。
「そして、店の入口には、奴の等身大のオブジェまで立っていました」
俺は目を閉じる。
「あいつは、いつも笑っていたんです…。
なぜ笑っているのか……。僕には理解できませんでした」
「いや、マスコットキャラだからじゃ……」
金田が小さくツッコむが、俺は聞こえなかったふりをする。
「そんなある日、店のキャラクターデザインを一新するという話を聞きました」
「それなら良かったじゃないか」
「僕もそう思いました」
俺はゆっくりとうなずく。
「これで、ようやく奴とはお別れだと」
少し間を置く。
「改装工事が終わり、期待して店へ向かいました」
「……うん」
「奴は」
俺は静かに息を吸う。
「色違いになっていました」
「色違い?」
「はい」
「黄色だった奴が、ピンクになっていただけでした」
沈黙。
金田は言葉を失う。
「世界が終わった気がしました」
「そこまで?」
「後日、僕は…」
俺は遠い目のまま続ける。
「奴のオブジェを横倒しにして、店を辞めました」
金田は額に手を当て、大きくため息をつく。
「……斎藤くん」
「はい」
「ホストを辞めた理由は分かった」
「はい」
金田が腕を組み、話を続ける。
「それで、ホストを辞めてどうして警察官になろうと思ったの?」
「……」
給湯室から戻ってきた中村が俺達の会話を聞いていたらしく、俺達の肩をたたく。
「喋ってないで仕事しろ」




