表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/13

ハムスター 2

一週間後。

刑事として捜査一課に戻ってきたのは、三日間の謹慎処分が終わった朝だった。

久しぶりに袖を通したスーツは少し窮屈で、課の扉を開けた瞬間、懐かしい空気が鼻をくすぐる。


「来たか……斎藤」

デスクの奥から上司の中村が低い声で言った。


「お久しぶりです、中村さん」

俺が軽く頭を下げると、隣の席にいた金田が椅子をくるりと回してこちらを向いた。


「僕が休んでる間に…三日間の謹慎って、なーにやらかしたの?斎藤くん」


答える前に、中村が深いため息をつく。


「最近飼い始めたハムスターを制服のポケットに入れて出勤してきたんだ、こいつは」


一瞬の静寂。

そして――。


「ぶはっ!」


金田が腹を抱えて笑い始めた。


「ハムスター!?警察署に!?はははは!」


「笑い事じゃない」

中村は額を押さえながら続ける。


「ハムスターを持ち込むなと何度注意しても聞く耳を持たん。だから謹慎処分にして、実家へ預けるよう命じたんだ」


金田は笑いをこらえながら俺の肩をぽんと叩いた。


「家で飼えばいいだけの話でしょ、それ」


「家に置いておくのは不安なんです」


俺は真面目な顔で答えた。


呆れる二人をよそに、俺は話を続ける。


「ここに連れてくるにあたって、ちゃんと役に立つよう訓練もさせたのに…全て無駄になりました」


「訓練?」

金田が首をかしげる。


「ええ。麻薬探知犬のように、薬物の匂いを覚えさせたんです。これで――」


言い終わる前だった。


「待て!!!!」

中村の声が捜査一課中に響き渡る。


「まさか、お前、証拠品保管庫から麻薬の袋を取ったんじゃないだろうな!」


課内の刑事たちが一斉にこちらを振り向く。

俺は慌てる様子もなく、スーツの内ポケットから小さな袋を取り出した。


「中村さん、安心してください」

そう言って、中村の手に白い粉の入った袋をそっと乗せる。


「証拠品は、お返しします」


中村の顔がみるみる青ざめていく。


「お、お前……本当に持ち出したのか……!」


「もちろん無断ではありません」


「いや、無断だろう!」


「ハムスターの訓練のために、一時的に借りただけです」


「借りるなぁぁぁ!」


捜査一課に、再び中村の絶叫が響き渡った。

中村の手に乗せられた白い粉入りの袋を見て、課内の空気は凍りついていた。

誰も口を開かない。

俺は数秒その空気を楽しんでから、小さく肩をすくめた。


「冗談です」


「……なにぃ!?」


中村の眉がぴくりと動く。


「白い粉は麻薬じゃありません。ホットケーキミックスです」


そう言って袋を軽く振って見せた、その瞬間だった。


「あっ」

指先から袋がすっぽ抜ける。

弧を描いた袋は、まるで狙い澄ましたように中村の顔へ一直線に飛んでいき――。

パフッ。

乾いた音とともに袋が破れ、白い粉が中村の顔中に舞い散った。


「……」


捜査一課が静まり返る。

誰一人として息をしようとしない。

真っ白になった中村だけが、ゆっくりとこちらを向いた。


「あー……中村さん、大丈夫ですか?」

金田が恐る恐る声をかける。


「大丈夫に見えるか?」


低く響く声に、課内の全員が背筋を伸ばした。

俺は真剣な表情で中村の顔を見つめる。


「味、どうです? ホットケーキミックスでしょう?」


「黙れい!」

中村は勢いよく俺の頭を叩いた。


「始末書を書いておけ」


そう言い残し、粉を払いながら給湯室のほうへ歩いていく。

その背中を見送りながら、俺は素直にデスクへ座り、始末書を書き始めた。


『ハムスターを警察署内に持ち込み、誠に申し訳ありませんでした』


そこまで書いたところで、後ろから金田が紙を覗き込む。


「いや、今回はそこじゃないんじゃない?」

そう言うと、俺の手からペンを取り上げ、一番下にさらさらと書き足した。


『その他、色々すみませんでした』


「……その他、色々」


俺はその一文を眺める。


「便利な言葉ですね」


金田は笑いながらペンを返した。


「覚えておいて損はないよ」


「…覚えておきます」

俺は素直にうなずいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ