人気No1キャバ嬢を救え 4
この部屋に入る前、俺はトイレでヘリウムガスを吸っていた。
おそらく、今の声なら男性だとばれない。
男はソファーに腰を下ろし、俺をじっと見つめている。
俺は静かに口を開いた。
「あなたのお母さんは、どんな人でしたか?」
男は眉をひそめる。
「……いきなり何だよ」
「あなたのことを知りたいんです」
男はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「俺の母親は、俺が中学生のときに死んだ」
「ご病気で?」
「ああ」
男は遠くを見るような目になった。
「母ちゃんは、いつも笑ってた」
小さく笑う。
「いい母親だったよ」
その笑顔はすぐに消えた。
「……もう会えないけどな」
俺は静かに首を横へ振る。
「いいえ」
男が顔を上げる。
「あなたのお母さんは、今でもあなたを見ています」
「……」
「私…、幽霊が見えるんです」
俺は男の目をまっすぐ見つめた。
「はっ!あなたのお母さん……」
少し言葉を区切る。
「今のあなたの姿を見て、とても悲しんでいます」
男の表情が固まる。
「……嘘つけ。幽霊なんて見えるわけない」
「人様に迷惑をかけないように」
俺は穏やかな声で続けた。
「あなたのお母さんは、そう言ってあなたを育てたのではありませんか?」
男の瞳が揺れる。
「なっ……なんで分かるんだよ」
「母親とは、そういうものです」
俺は男の手を両手で握る。
「我が子には、幸せになってほしい。真っ当な人生を歩んでほしい。
それだけを願っているものです」
男は唇を噛み締めた。
肩が小さく震える。
「……母ちゃん」
かすれた声が漏れる。
「俺は……」
男は俯き、言葉を詰まらせた。
「大丈夫」
俺は男をまっすぐ見つめた。
「今なら、まだ間に合います。さあ、行きましょう」
その瞬間だった。
ヘリウムガスの効果が切れたのか、俺の声が元の低い声に戻る。
「あ”…あ”ぁ」
男の目が大きく見開かれた。
「お、お前……まさか、男か!?」
次の瞬間、勢いよく扉が開く。
「斎藤!」
田口が部屋へ飛び込んできた。
男は腰に隠していた小型のナイフを抜き、俺へ突きつける。
「俺をだましやがって!」
俺は慌てることなくポケットから煙草を取り出し、火をつける。
煙をゆっくり吐きながら、男を見つめた。
「今のあなたの姿を、お母さんに見せられますか?」
男の手が止まる。
ナイフの切っ先がわずかに震えた。
「……」
部屋に沈黙が流れる。
男はゆっくりと目を閉じ、深く息を吐いた。
やがて力なくナイフを下ろす。
「……どうすればいいんだ…」
俯いたまま、小さくつぶやく。
「どうすれば、真っ当な人生を歩めるんだ……」
俺は煙草を灰皿に押しつけた。
「ボランティアから始めてみては?」
男が顔を上げる。
「ボランティア?」
「はい」
俺は静かにうなずく。
「人のために動く喜びを知れば、少しずつ景色は変わります。
誰かの笑顔のために生きることを覚えれば、真っ当な人生はそこから始まります」
男はしばらく考え込んでいた。
そして、小さく笑う。
「……そう、かもな」
男は自らナイフを床へ落とした。
カラン、と乾いた音が部屋に響く。
その瞬間、田口が一気に間合いを詰める。
「動くな!」
男を床へ取り押さえ、手錠をかける。
ちょうどそのタイミングで、待機していた警察官たちが部屋へなだれ込んできた。
「確保!」
男は抵抗することなく立ち上がる。
警察官に両脇を抱えられ、そのまま店の外へ連行されていった。




