大型犬の飼い主を救え 3
現場に到着すると、一軒家の玄関前は騒然としていた。
玄関先では、飼い主と思われる四十代くらいの男性が地面に倒れている。
その右腕には、大型のシベリアンハスキーが噛みついたまま離れない。
「いっ……!」
男性の意識はあるようだ。
額に脂汗を浮かべながら必死に叫ぶ。
「は、早く……なんとかしてくれ!」
周囲には数名の警察官がいるものの、誰も近づけずにいた。
犬は警察官が一歩近づくたび、大きく唸り声を上げる。
田口は警察官からメガホンを受け取った。
「おい!落ち着くんだ!」
当然、犬は反応しない。
「……どうすればいい」
田口は困ったように俺を見る。
俺はシベリアンハスキーをじっと見つめた。
「……あの犬」
「ん?」
「田口さんに似てません?」
「どこがだ?」
「思い出してください」
俺は真顔のまま続ける。
「同僚たちと海外へ行ったときのことです」
「ああ?」
「田口さん、英語が話せないのに、外国人に向かって一生懸命、下手くそな英語で話しかけてましたよね」
田口は少し気まずそうに咳払いをする。
「……ああ、そういうこともあったな」
「田口さんの頑張りもむなしく、外国人には田口さんの言葉は伝わっていませんでした」
俺は再び犬へ目を向ける。
「その時と今の状況、一緒だと思いませんか?」
「……どういう意味だ?」
「僕たちは、人間の言葉で『離せ』『落ち着け』と言っています。
当然ながらあの犬には、その言葉が伝わっていない」
俺はゆっくり前へ歩き出した。
「つまり問題は、犬が凶暴だということではなく…、
ただ、こちらの言葉が通じていないだけです」
そう言うと、俺はシベリアンハスキーの目をまっすぐ見つめた。
そのまま俺は田口の肩にそっと手を置く。
「あなたは海外で言葉が通じなくても、下手な英語で伝えようとしていましたよね」
「……」
田口が怪訝そうな顔をする。
「あのとき、あなたは外国人相手に自分の気持ちを伝えようと頑張っていた…」
俺は小さくうなずく。
「田口さん、あなたには才能があります」
「……いやな予感しかしないんだが」
「これから僕が言う言葉を、犬語に訳してあのシベリアンハスキーに伝えてください」
「そんなの無理だ!」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃない!」
俺は真剣な表情のまま続ける。
「僕たちはあなたの敵じゃない。今すぐ飼い主を離して、落ち着くんだ!」
はい、田口さん。どうぞ」
辺りが静まり返った。
数名の警察官が固唾をのんで見守る。
飼い主も腕を噛まれたまま、必死に耐えている。
田口は大きく咳払いをした。
「……やるしかないのか」
と田口がメガホンを握り直し、シベリアンハスキーを見据える。
「ワ、ワフ……」
犬は微動だにしない。
「ワン! ワンワン!」
シベリアンハスキーは飼い主の腕をくわえたまま、じっと田口を見つめている。
「ウゥー! ワフ! ワフワフ!」
田口の遠吠えに現場は静まり返っている。
誰一人として声を出さない。
犬だけが首を少し傾けた。
「反応した!」
警察官の一人が小さくつぶやく。
しかし次の瞬間。
「ワンッ!!」
シベリアンハスキーは一度だけ大きく吠えると、再び飼い主の腕を強くくわえ直した。
「いだだだだ!」
飼い主が悲鳴を上げる。
田口はゆっくりメガホンを下ろした。
「……ダメか…」
俺は腕を組み、犬を見つめる。
「ええ。もしかすると、犬にも方言があるのかもしれません」
「あるか!」
田口が即座にツッコむ。
俺は表情一つ変えずにシベリアンハスキーを見つめ続けた。
「作戦を変えましょう。今度は僕が交渉します」
俺はゆっくりと犬に向かって歩き出した。




