44話 他人には分からない
看守はワザトに安定剤を飲ませているが、以前と変わりない様子でいるものだから拍子抜けしている。
無、だ。笑いも泣きもしない。ただ淡々と喋るだけの機械。
薄気味悪い。
目つきも虚ろでどこを見つめているかも分からない。他の眷属餓鬼共のほうがまだ判別しやすいものだ。
「調子はどうかね」
「普通です」
椅子に座らせ、カプセル型の錠剤を渡す。それを受け取るとジロジロと観察している。
「餌よりは良いだろう」
「確かに」
「一日三回、看守が水を持ってくる。そうしたら飲め」
「……ああ」
納得していなそうだが彼はまた無機質に錠剤をポケットへしまった。
「なぜいきなり転化しそうになったか覚えているか?」
「いえ、まったく」
濁った黒目は真っ直ぐこちらを見据えている。安寧人たちは調子を狂わせられて、やれやれ、と緊張感を失った。
「お前は喜怒哀楽というのがないように、我々は推測している。お前みたいな個体はいない。人は感情の揺れ幅が激しく脆い。そこで」
「は? 俺は感情がありますよ。笑うし、嫌な事を言われたら怒ります。そうでしょ」
研究員の頂点は眉をひそめた。
「――ワザトに、余計なことをしないでくれる?」
無表情の顔面が鋭利な笑みに転じる。中身に封じられた悪神が表層に出てきたのだろう。
「オカゲ。なぜ、憑り子を転化へ追い込んだ」
「あはは。アンタらに言う訳ないじゃん。でもワザトはね、アンタらが思うより隠すのが上手で脆いんだよ。初期化するならもっとちゃんとしてほしいなあ」
オカゲは笑顔を貼り付けているが、イラつきさえにじみ出ている。それには彼らも冷や汗をたらした。
「初期化は正常に行われたはずです。記録からしても、異常値は消去しました」
「ふーん。そっか……人間って案外複雑なんだねえ。そうだなぁ……お互い協力してこーよ、ワザトのために!」
安寧人たちは訝しがるが、あっちは一人合点してまたカラッとした笑みに変わる。その情緒不安定さに振り回されて、常に疲れる――それがこの個体の特徴であった。
「ワザトがヤバそうだったら安定剤ちょーだい。ワタシが言うからさ、ね?」
「はぁ、しょうがない。分かった」
研究員は渋々了承すると、オカゲへ問うた。
「一つだけ尋ねるが、ワザトはよく笑うのか」
「うん。よく笑うし、文句言うし、フツーに悲しがるよ」




