42話 オカゲはそれを止められない
ワザトの喜怒哀楽はワタシのもの。
ワザトの存在意義はワタシのもの。
ワザトの自我は――
黄金の草原を思い出す。神獣には形などない。形があるのは生命体の、頭の中にある情報から得たものだ。
黄金の草原には神獣が液体のように漂っている。それは個はあれど、意思疎通もなく、地球のクラゲの如く風に吹かれているだけだ。
オカゲはワザトがそれを美しいと言うとは思わなかった。以前のワザトは壊れてしまったが、オカゲが脳になればまたワザトは動き出した。お互い知り合い、会話した記憶は虫食い状態で覚えているけれど――感染したワザトだった人と最期、その際、どう会話したかの記憶はない。
自分たちは壊れた情報の残骸。
でもそれを反芻する気も、後悔して過去にすがる気もない。
ワザトは黄金の草原を美しいとまた言おうとした。
だが、それはダメだ。
そうしたら二人は物質が消えて、あの世界の『浮遊物』になってしまうだろうから。
汚くて醜くて、キツネ耳の人外や天女、そんなヤツらがいる世界にいた方が楽しい。周りの者ともワザトは楽しそうにしている。
ワザトは地球が嫌いだと、言っていたのだけは覚えていた。だから、ワザトはずっとオカゲのモノ。
あちら側へ行きたいなんて、思わせたくない。
……。
…………。
――俺をどうしたい? 殺すのか?
――貴方は人間の世界で生きたくはないの? もしワクチンを作り、完成したら再び世界は人類が暮らせる環境になる。
人間の世界で、生きる。
考えた事もなかった。ザワりと内側のオカゲが蠢いた。
いや、でも人間としてオカゲと二人で暮らせるのなら幸せなのかも知れない。ファミリーレストランで二人でスイーツを食べたり、旅をしたり。
「無理だよ。ワタシはそっちでは暮らせない」
冷たい声がした。
――ワタシはワザトの中がいいの。二人で、は嫌だ。
眷属餓鬼はスカーヴァティー(安楽国)へ戻ってくると初期化される。怪我や都合の悪い情報、錯乱した場合は記憶まで調整され、また牢屋に入れられるのだ。
しかしワザトは初期化されてなお、しまい込んだまま、日常を過ごしている。あの女性との会話を。
そうしてどこか、深層心理のワザトが嘆いている。怖がり否定し、そうしてまた羨む。
オカゲにはとても邪魔くさくてつまらない石ころだった。
「私が食べてあげる」
深い海底のような場所にある恐怖を、なくしてやろう。
その底に接続してそう言った。いや、言うのはおかしいが。
形はないが、ワザトは優しげに笑った気がした。いつもそうだ。
彼は食べていいよ、と笑う。嬉しいのか、あきらめの笑みなのか。
――気に障る。
「なんで。なんでよ。そんなワザトきらい」
オカゲはバクリ、とその全てを腹にしまい込んだ。
ワザトは初期化される機械の中で目を覚ました。ボンヤリとして思考が働かないが、キツネ耳の人外たちがこちらが起きたのを確認するとカルテらしき電子機器へ記録している。
「キツイ毒でも活動を再会するとは、さすがはあの悪神の憑り子だな」
「思考レベルは地球の餓鬼よりもすこし上ぐらいにまで回復しています」
「あの悪神も耄碌してきたか。その方が我々にはプラスになるが」
(おかげ、いやだ、きえるなんて。ひとりにしないで)
「しないよ。ずーっと一緒だよ、ワザト」
オカゲの気配がしてワザトは安心し、再び眠りについた。不思議とどこか空虚な気持ちを抱いたが、それもすぐになくなり、深い睡魔に身を任せた。
「一人になんてさせないから、――おやすみ」
オカゲは執着で自我を保ってる感あります。




