楓の友人〜謎解きゲーム
明日香は手土産のエッグタルトを持って立花邸の前にいた。おそるおそる門の外から中を覗き込むと、楓ともう一人の男性がテラスの椅子に座って話し込んでいるのが見えた。
(どうしよう、お客様かな)
今日はこのまま帰った方がいいのだろうか? だがこの二週間、明日香は楓と庭で過ごした優しい時間の事が頭から離れなかった。
土と草の香り、日の光が枝越しにキラキラと差し込むテラス、そして不思議な彼。ぶっきらぼうだけど優しくて、犯人を一撃で倒すほど強いのにどこか繊細な雰囲気を纏った不思議な人。彼の『いつでも庭に来ていい』という言葉は社交辞令だと分かっていたけど、来ずにはいられなかった。
門の前で立ち去りかねていると、中にいる男性が振り向きこちらに向かって手を振っている。どうしようかと迷っていると、楓が出迎えて門扉を開けてくれる。
「いらっしゃい。ちょうどお茶にしようかと思ってたんだ。どうぞ」
「いいんですか?」
「いいよ。前に話した庭好きな友人だ」
明日香は庭に入り男性に近づく。
「初めまして、工藤明日香です。お邪魔してすみません」
「私は戸田大知です。楓の友人なら大歓迎です。どうぞ」
男性は立ち上がって挨拶をし、楓と並びの椅子をすすめてくれる。
「明日香ちゃんは紅茶でいい? 楓の淹れた紅茶うまいんだよ」
「そうなんですか? ぜひ。私エッグタルト持ってきたのでお皿お借りしますね」
立ち上がりかけた明日香を大知はまあまあと制した。
「そういうのは楓にまかせといて」
大知は明日香に座るように手で促し、のほほんとした顔で笑いかけた。
「それより今俺達、謎解きをしてたんだけど君も一緒にどう?」
「謎解きゲーム、お好きなんですか?」
明日香は意外な印象を受けた。このインテリ風な男性と楓の趣味がゲームなんて。
「ゲームというかリアル寄りな感じなんだけどね」
そう言うと大知はタブレットのペンを鼻と上唇の間にはさんで手を離した。知的な顔が急に茹で上がったタコのように残念な感じになった。だがペンは絶妙なバランスで水平に保たれている。
明日香が思わず目を見張ると、大知は不思議そうな顔をして頭を傾げた。ペンはしっかりとホールドされたまま、びくともしない。
明日香は感心して手を叩こうとしたがやめておいた。どうも無意識でやってるっぽい。
しばらくすると満足したのか大知がペンを机の上に置いて何事もなかったように話し始めた。
「俺と楓は小学校からの親友でね。その頃から刑事ものとか探偵ものとか大好きなんだ。二人でいつも推理ごっこをして遊んでた」
大知は昔を懐かしむように遠い目をして言った。
「そんな昔から。そうだ私、警察官なんです」
「知ってる」
大知はにやりとした。
(楓さんから聞いたんだ……。楓さん、私の事なんて言ってたんだろう?)
明日香は気になったが怖くて聞けなかった。
「お待たせ」
楓が紅茶のセットとお皿を持ってきた。明日香は皿を受け取ると、エッグタルトを山盛りに盛り付けた。
楓がティーポットからカップに紅茶を注ぎ、ソーサーにセットし明日香に差し出した。
「どうぞ」
「いただきます」
淡いブルーのアンティークのカップを手に取る。カップの内側には花の絵が描かれてあり、優しい紅茶の色と相まって、夕方の花園のようだ。
明日香は一口飲んで目を見張った。
「ほんとだ。フルーティーな香りで美味しい」
「だろ? 楓が淹れると紅茶が香り立つんだ」
なぜか大知が得意そうな顔をした。楓は素知らぬ顔でエッグタルトを頬張っている。
(なんかこの二人、対照的。でもこの人がいてくれてよかった)
楓と二人きりだと緊張してしまったに違いない。
「明日香ちゃんも一緒に謎解きに参加してくれることになったよ」
そう前置きし、大知は紅茶のカップを置いて話し始めた。
「これはある場所に監禁されている小学生の女の子がわざと落とした財布なんだ」
大知はタブレットを楓と明日香の前に差し出しながら続けた。
「彼女は自分とは別に誘拐された男の子のことをすごく心配していてね、考えに考えぬいた方法でこの財布を交番に届けた。そしておそらくだが、この財布には警察に向けて何かメッセージが記されている。それを解読したいんだ」
大知が差し出したタブレットの画面には、大きな猫の顔がプリントされたベージュのナイロン生地の財布が写し出されていた。その財布は上下二つに割った円の下半分のような形をしており、上部をファスナーで開閉する造りになっている。
その財布に印刷されている猫の顔はちょっと癖のある個性的な感じだ。下向きの矢印のような目、コマのような逆三角形の鼻から伸びたハの字状の曲線、そして口がアルファベットのN字になっている。
そして向かって右目の上には×印の傷があり、左の額から顎までには大きな傷跡がある。そんな渋い風貌に似合わず、左耳には赤いリボンをつけている。
「これは、『にゃんぬう』ですね」
この不敵な表情をした猫のアニメは小・中学生を中心に人気があり、グッズ化もされている。明日香もLINEのスタンプを持っている。
「なんか人気のあるキャラクターらしいね。にゃんにゅう?」
大知は活舌が悪くて言えていない。
「にゃんぬうです」
「舌を噛みそうだな。それにしても人相の悪い猫だなあ」
「そうですか? シュールでかわいいと思いますけど。ねえ楓さん?」
黙って紅茶を飲んでいた楓は明日香の言葉にうなずいた。
「この顔のどこが可愛いんだよ。刀傷まであるじゃないか」
大知はまだツッコんでいる。
「これは、誰かが後から書き足した線ですよ」
明日香は自分のバッグからシャーペンを取り出し、エッグタルトの包装紙の裏に猫の顔の絵を描いた。
「これがデフォルト状態のにゃんぬうです。その他の線は誰かが描き足したものですね」
「ふむふむ。ちょっと楓、赤いペンないか?」
楓が家に入って赤いペンを持ってくる。
「後から描き足しているところを赤で描こう」
明日香の描いたデフォルトにゃんぬうの上から大知は楽しそうに描き足している。
「まず、向かって左の額から顎までの刀傷、そして右目上のバツ印。あとは鼻から口へのハの字のような二本の曲線、ん?小さな点もあるな。そして左耳のリボン。うん、描けた」
「まだですよ、この左目の中にひらがなの『し』の字みたいなものが書いてあります」
「ほんとだ」
明日香の指摘を受けて大知が丁寧に描き足した。
「でもこの猫の顔単純だよな。この目なんか下向きの矢印じゃないか。俺でも書ける」
大知が調子に乗って余白に目を描きまくっている。
「問題はこの書き足した後のにゃんぬうの顔が何を表しているか、ですね」
明日香は顎に手をやり考え込んだ。




