同級生
現文部科学省大臣の津島明(40)は、とある駅前で懐かしい人物に声をかけられた。
「津島、津島じゃないか!」
「おお、内藤か?」
「ずいぶん久しぶりだな。10年ぶり位か?」
内藤とは高校の同級生で、共に野球部で汗を流した仲間だ。30歳位の時に同窓会で再会したきり会っていないので、確かに会うのは10年ぶり位になる。童顔でとても40歳に見えない津島と比べ、内藤は体型もずんぐりした年相応の見た目である。
「今仕事の帰りか?ずいぶん遅いな」
内藤が首を傾げて聞いてくる。
「いや、今日はちょっと飲み会で」
その日は官僚時代にお世話になった先輩の送別会で、少し酒を飲んでいた。だが1次会で切り上げたので、まだ21時半だ。いつもは仕事で23時もザラなので早い方だ。
「実は俺も仕事帰りに1杯やっていたところだったんだ。ちょっといい居酒屋があるんだがお前も一緒に1杯やらないか?」
内藤が笑顔で誘ってきた。そうだった。こいつ、昔からこんな人懐っこい顔で笑ってた。それで先輩にとても可愛がられてたな。
誘われて一瞬迷った。自分は大臣になったばかりで、注目もされている。身辺に気を付けなければならない。
だが内藤の笑顔を見ると断りづらかった。いや本当は仕事に関係ない人と無性に話したかった。責任ある仕事にとてもストレスがたまっていた。
内藤が連れて行ってくれた店は、大将とおかみさんが二人で切り盛りしている小さな小料理屋だった。
「そういやお前凄いな。大臣になったんだろ。そんな可愛い顔して信じられないな」
「ああ、まあな。お前は今どうしてるんだ?」
「俺は小さな会社の役員をやっている」
内藤は飲み物を頼んだ後、スマホを手に取り、こそこそとメールを送っている様子だった。
「嫁さんにメールしておいた。今日は高校時代の話で盛り上がろうぜ」
それから内藤とは昔話で盛り上がった。津島の通っていた高校は野球の強豪校だったが、津島も内藤もお互いレギュラーになれず、ベンチを温めていた。練習をなかなかさせてもらえず、ボール拾いの毎日、基礎トレーニングが辛かったこと。でも今となってはそれが宝物のような日々だったと内藤は語った。津島もそれに賛同し、大いに盛り上がった。
宴もたけなわというところで、店に男性の3人連れが入ってきた。
眼光するどい恰幅のいい50代くらいの男性に、30歳位の男2人の組み合わせ。まるで要人とボディガードのようだ。
「そろそろ出るか?」
異様な雰囲気に津島が腰をあげたところ、内藤がそれを押しとどめ、立ち上がって男たちに向かって頭を下げた。
「実は津島にこの方を会わせたかったんだ」
媚びたような笑顔で振り向いた男は、津島の知る内藤ではなかった。
50代と思われるその男は、新興宗教団体伎縁の幹部だと名乗った。そしてあなたにとっても損な話ではないと、言葉巧みにとんでもない話を持ち掛けてきた。それは3億円の現金と引き換えに教団を宗教法人として認可してほしいという要請だった。
津島はショックを受けた。と同時に先程の内藤のこそこそとした態度の理由に思い当たった。妻へのメールというのは嘘で、この男たちに津島を確保したことを連絡していたに違いない。
津島は毅然と断り、彼らに二度と接触をしてこないよう強く注意した。それから数万円をカウンターに置いて、店を飛び出した。焼酎の湯割りを2杯しか飲んでいなかったが、彼らに貸しを作りたくはなかった。
「それが翔君の行方不明のちょうど1週間前の事だったらしいんだ」
大知がタブレットから顔を上げて楓に語り掛けた。
「内藤という男、宗教団体の人間だったんだな」
「おそらくな。大臣の元同級生ということで、幹部に取り入ったんだろうな。でも大臣が率直に話してくれて助かった。おかげで迅速に南署とうちの合同捜査にすることができた」
大知は言葉を続けた。
「実は今、文部科学省の外局の文化庁で伎縁教団を宗教法人として認めるかどうかの審議中で、その結果が数日中に出る予定なんだ。内部情報では認めない方向で話し合われている。伎縁教団は信者に多額の献金を強要している疑いがあり、数件だが信者の家族からの訴訟も起こされているためだ」
楓は黙って聞いている。
「津島氏はこの教団が息子を誘拐し、自分に宗教法人認可への揺さぶりをかけている可能性があると供述しているんだ」
楓が額の髪をかき上げて頭をかしげながら大知を見た。
「父親の津島大臣に絶対的な宗教法人認定の裁定権があるということか」
「宗教法人の認定はかなり複雑で難しいんだ。文部科学省の外局の文化庁で何段階もの審議や事前の調査が執り行われ、決定する」
大知は難しい顔をした。
「文部科学省大臣はその文化庁をまとめるトップだからな。大臣の意向が全く反映されないとは言い難いな」
大知は奥歯にものが挟まったようなすっきりとしない言い方をした。
楓はスマホのカレンダーを確認した。
「翔君が行方不明になってから今日で三日目か。体力が心配だな」
「そうだな、実はまだこれには続きがある。行方不明になったのは、どうも津島翔君一人ではないようなんだ」




