涼子
「お前、最近楓君と会ってるのか?」
父親に痛いところを突かれ、涼子は苛立った。
「この時期に会える訳ないでしょう。あと一か月で公認会計士の試験なのよ」
「だからと言って……」
父の言葉を遮って涼子は続けた。
「大丈夫よ。先月には会ってるし。楓もおばあさんが亡くなって法事とかで忙しいらしいから」
もうこの話は終わりにしたいのに、なおも父は畳みかけてくる。
「お前もうすぐ二十七歳だろ。資格なんかより結婚が先じゃないのか。あんないい男放っておいたら誰かに取られるぞ」
「分かってるわよ。楓と私が釣り合わないことくらい。だから私は資格を取って自分に自信をつけたいの」
工場横の自宅で涼子は父親と二人きりの夕食をとっていた。最近父はこの手の話しかしない。
一つ年下の楓とは大学の弓道部で知り合った。部活の後、いつもは帰る方向が一緒の数人のグループで帰宅していたが、たまたまその日涼子と楓は二人きりになり、駅までの道を二人で歩くことになった。
「楓君はどうして弓道を始めようと思ったの?」
二人きりの気まずさを埋められるのなら何でもよかった。涼子はあまり深く考えず楓に聞いた。
「えっ」
涼子の質問に楓は詰まった。
「え? ごめんなさい。無理に答えなくてもいいのよ」
涼子は狼狽した。彼にとってそんな難しい質問だったんだろうか?
「皆には言わないでもらえますか?」
「ええ」
涼子は不思議に思いながらも頷いた。
「俺、肌が弱いんです。日焼けすると肌が真っ赤になってしまうので、子どもの頃から日焼け止めを塗っています。それがコンプレックスで」
楓は俯いて歩きながら続けた。
「だから日焼けしないスポーツだったら何でもよかったんです」
「そうだったの」
涼子は意外な気がした。こんな完璧な容姿の楓にもコンプレックスがあったなんて。
楓は色が白く肌もきれいで、鼻筋の通った顔は一見冷たくも見える。だが切れ長の目の奥にある茶色の瞳がどこかやわらかでとてもミステリアスだ。当然女子たちにも大人気である。ただ本人はあまり女性に興味がないのか、女子に囲まれてもいつも困った顔をしている。
(きっと子供の頃も可愛かったんだろうな)
涼子は子供時代の楓の顔を想像して微笑んだ。きっとお父さんとお母さんも美形に違いない。
「何かおかしかったですか?」
楓が憮然とした顔でちらりと涼子を見た。
「違うの。楓君みたいな綺麗な子が生まれるって、ご両親も美しい人なんだろうなって想像しちゃって」
涼子は焦って早口で弁解したが楓はそっぽを向いた。
「俺、綺麗とか言われるの嫌なんです。男なんで」
「ごめんなさい」
涼子はしょぼんとした。楓は隣を歩きながら仏頂面で続けた。
「両親は俺が五歳の時に交通事故で亡くなったので顔はよく覚えていません。写真を見る限り普通の人だと思いますけど」
「……ごめんなさい」
私、最低だ。こんなどうでもいい会話で彼を二回も傷つけた。
涼子は下を向いてとぼとぼと歩いた。
「俺も……ごめんなさい」
楓が歩みを緩めて突然謝ってきた。
「涼子さんはただ普通に話しかけてくれただけなのに、俺が突っかかってしまって。傷つけてしまってすみません」
優しい言葉に不覚にも涙ぐんでしまった。
「えっと……」
今度は楓があたふたしている。
涼子は瞼を強く閉じ、涙を押し込めて笑顔を作った。
「大丈夫。じゃ仲直りしてくれる?」
「はい」
「良かった~。ほっとしたらお腹すいちゃった。ケーキでも買って帰ろ」
涼子は駅前のケーキ屋の前で足を止めた。
「じゃ、ここで。楓君またね」
「俺が買います」
「えっ?」
楓はスタスタとケーキ屋の中に入っていく。
「ちょっと待って」
涼子は焦って追いかけた。
「何言ってるの?」
「俺ケーキ好きなので。自分のも買うので」
楓は聞く耳を持たない。
「涼子さん選んでください。ご家族の分も」
楓がショーケースを指さした。店員さんを見ると満面の笑みで待ち構えている。
「じゃ、モンブランとイチゴのショートケーキを」
引き返せない雰囲気に涼子は躊躇しながらもケーキを選んだ。
「ご家族のも頼んでください」
再度ショーケースを指さしている楓に向かって涼子は頭を横に振った。
「私、父と二人暮らしなので二つで」
そうですかと楓がちらりと涼子を見た。
「じゃ、俺はモンブランとチーズケーキ」
楓が店員に箱二つに分けて入れるように伝えている。
(楓君も二人暮らしなんだろうか?)
涼子の考えを読んだように楓は言った。
「うちも祖母と俺の二人暮らしなんで」
駅で楓に別れを告げた後、嬉しくてついにやにやしてしまった。すれ違う人が怪訝な顔をして通り過ぎていく。電車に乗り込んだ後も、空いた席に座らず立ったままドアに顔を寄せて嬉しさをかみしめた。
家に帰ると父がケーキの箱を見て驚いたように言った。
「あれ? 今日俺の誕生日だっけ?」
「何言ってるの? まだ誕生日を忘れるような歳じゃないでしょう?」
涼子は笑いながらツッコんだ。
「このケーキはある人からもらったんだ~」
「えらく嬉しそうだな。分かった。彼氏にもらったか」
「彼氏なんかいる訳ないでしょ」
「なんだ、お前彼氏いないのか?」
父が呆れたように言った。
「お前もうすぐ大学三年だろ? お母さんに似て可愛いのに」
「そんな事言うのお父さんだけだよ。それよりケーキ一緒に食べよ」
コーヒーを淹れ、皿にケーキとフォークをセットした。
「私がモンブランでお父さんはショートケーキね」
「はいはい」
「あ~おいし~」
栗のクリームの優しい甘さが口の中に広がり、涼子はその美味しさにうっとりとした。父の方に目をやると、ついイチゴのショートケーキの味が気になった。
「お父さん、それ美味しい?」
「ああ、甘さ控えめでうまいな」
「一口もらってもいい?」
「やるよ」
父は呆れたように言った。
「俺はもういいから残りやるよ」
「やった~」
父から奪い取ったイチゴのショートケーキも素朴で優しい味でとても美味しかった。




