来客
「もう六月か、朝でも少し湿気があるな」
楓は庭の紫陽花に水をやりながら呟いた。今日、六月五日は六年前に亡くなった祖母の誕生日だ。もし今も生きていれば 祖母と二人この庭で八十三歳のお祝いをしていたことだろう。
楓は感慨深く目の前の庭を見渡した。この庭は絵本作家だった祖母の八重が二十七年前にデザインし、自ら造ったものである。まだ幼かった楓もその作業を手伝った。
庭の土を掘り起こし、水平器を使ってアンティークの色とりどりの煉瓦を小径のかたちに埋め込む。その小径沿いには数種類のグランドカバーを植え、庭の奥に向かって植物の大きさを変えていく。そして家の前には柱を組み立てたパーゴラを作り、それに木の枝や蔦を這わせ直射日光を遮り寛げるようにテラスを設えた。そしてテラスの床にはグレーの石畳を埋め込み、最後にお気に入りのアイアンのテーブルセットを置いた。
庭の完成が近づくにつれ、二人の悲しみは少しずつだが癒されていった。
楓が五歳を迎えた頃、両親と祖父が一度に亡くなった。高速道路での交通事故だった。楓を連れた遊園地の帰り、車の故障で路肩に停まっていたところ、前方不注意のトラックが突っ込んだ。楓は母親に抱かれており奇跡的に助かったが、父、母、祖父は即死だった。同行する予定だった八重は当日の朝、体調不良で外出を取止めていたため事故を免れた。
夫と一人娘、娘婿を同時になくした八重は生きる希望を失いかけていた。この庭づくりはそんな祖母にとって、悲しみを癒して生きていくために必要なものだったのかもしれないと楓は当時に想いを馳せた。
その祖母も六年前に亡くなってもういない。
ふと楓は現実に舞い戻る。
テラスのテーブルの上の携帯電話が鳴っている。楓は水道の栓をしめ、携帯電話を手に取った。
「楓、土曜日の朝早くから悪いな。頼めるか」
いつもの声が聞こえる。
「ああ、大丈夫だ」
その日の午後、立花邸に一人の来客があった。その来客は三十代前半の長身の男性で、眼鏡をかけたエリートサラリーマンのような風貌だ。
「楓、朝送った捜査資料に目を通してくれたか」
「ああ。大知、始めよう」
大知と呼ばれた男性は、テラスのテーブルセットに腰かけ、鞄からタブレットを引っ張り出した。




