帰省
秋も深まったある日、明日香は仕事を早めに切り上げ、帰りに楓の家に寄った。週末、父の墓参りに岩手まで母と行く予定になっており、楓の家に集まれないためだ。
「楓さんこんばんは」
「ああ、いらっしゃい」
「この近くに用事があって、ついでに寄りました。すぐ帰りますから」
明日香は楓に借りていた本を渡した。
「また新しい本借りてもいいですか? 週末新幹線で読みたいので」
「どうぞ入って好きなのを選んで」
楓は明日香を部屋に招き入れる。
「そうか、週末お父さんのお墓参りに行くって言ってたな。確かお父さんも警察官だったんだよな」
「そうなんです。岩手県警の刑事だったんですよ。私が高校生の時殉職しましたけど」
明日香はさらりと言った。
「明日香は岩手県の出身なのか」
楓が少し不思議そうな顔をした。
「ええ、そうなんです」
明日香はうなずいた。
「生まれてから中学3年生まで岩手県の盛岡市で暮らしていました。中学3年生の夏、私と母の二人で盛岡から母の実家の横浜に引っ越してきたんです。父を一人置いて」
楓が黙って聞いている。
「父を一人で死なせたのは私なんです」
「明日香、今日帰りうちに寄りなよ。漫画読んだから貸すよ」
テニス部の部活の帰り、親友の夏美が声をかけてきた。
「ほんと? 行く行く」
夏美は小学三年生で同じクラスになってからの親友だ。そのまま同じ中学に通い、二人でテニス部に入った。
夏美の家はすし屋を営んでおり、美味しいと盛岡市内でも評判の店だ。最近海辺の町にも二号店を出したそうだ。
明日香の家族も時々週末には食事に訪れているため、親同士も顔見知りになり、両家は家族同然の付き合いをしていた。
畑に囲まれた夕方の通学路を二人で話しながら歩いて帰っていると、明日香のお腹がぐ~っと鳴った。
「夏美んちのお寿司たべたいなぁ」
ついぽろりとこぼしてしまった。もう1か月近くあの美味しいお寿司を食べていない。
「うちでご飯食べていきなよ。うちの両親も喜ぶよ」
「だめなんだ。うちお父さんがうるさいから」
明日香の父は警察官である。公務員が一般の家庭から金品等を授受すると法律違反となるため、父から友達付き合いも色々うるさく言われている。
「口うるさい父親を持つと大変だね」
夏美は呆れたように笑った。
「大丈夫、お父さんの給料出たらすぐお店に食べに行くから」
「いつもありがとうございます」
二人は顔を見合わせて笑った。
夏美の家に着くと母親の景子が声をかけてきた。
「明日香ちゃんいらっしゃい。ちょうどよかった。頂き物のケーキがあるんだけど、どうかな?」
父の潔癖な性格のせいで夏美の母にまで気を遣わせている。
「いただきます」
明日香は笑顔で答えた。
「よかった。あとで夏美の部屋に持っていくわね」
夏美の母の景子は若くてとても美人だ。お父さんも若くてカッコいい寿司職人さんだ。その美形の両親から生まれた夏美も美しい容姿をしており、学校でも男女問わずの人気者だ。
綺麗なだけでなく面白くて優しくて。明日香はそんな親友をとても誇らしく思っていた。
幸せな学校生活の中、それは突然起こった。
三月十一日 十四時四十六分
(なにこれ?)
小さな違和感はすぐに恐怖感に変わった。
立っていられない。大きな横揺れに教室では悲鳴が起こり、皆床にへたり込む。明日香も四つん這いになって机の下に潜り込んだ。
永遠とも思えるような長い時間が過ぎた。揺れは収まったようだ。明日香は夏美の方を見た。夏美もおびえ切った顔をしていた。
数日後、学校に来た夏美はどこか元気がなかった。
「夏美の家とお店大丈夫だった?」
「うん、家と本店は大丈夫だったけど、最近建てた二号店が津波で流されたって」
「あの海辺の店?」
「うん。今お父さんは従業員さんたちの生存確認に大変みたい」
「みんな無事だったらいいね」




