作戦
漆黒の闇の中、ミラーナはほくそ笑んだ。
今夜は楽勝。狙う相手はジジイ1人。
おまけに月が雲に隠れ、仕事がしやすそうだ。
標的のジジイの事はここ数日で調べがついている。
何の変哲もない酒屋のおやじで、妻はここ数日間不在のようだ。
酒屋の方は昼間、そこそこ流行っていたようだが、家の方はこの時間、彼一人きり。
彼には何の恨みもないが、私の顔を至近距離で見てしまったのが運の尽き、諦めてもらおう。
部下のウラジーミルに念のため家の周囲を点検させる。
(異常なし)
彼の合図の元、もう一人の部下のイワンがドアの鍵穴に工具を差し込む。
ミラーナも彼の手元にペンライトで細い光を当て援護する。
イワンは我が国が誇る天才錠前士。彼の手にかかるとどんな頑丈な錠前でもあっというまに開錠してしまう。
きっと10秒でこの鍵を開けてしまうだろう、いや8秒かな。ミラーナは心の中でカウントを始めた。8,7,6……3,2,1。
イワンがこちらを見てうなずいた。ほら予想どおりだ。
その様子を見てウラジーミルがドアの中にするりと入りこんだ。そしてミラーナも後に続く。
イワンは見張りとして外に残しておく。彼には人を殺傷する勇気も技術もない。彼の役目はあくまで「鍵を開けること」なのだ。
ペンライトの光を頼りに二人で廊下沿いの部屋を確認しながら進んでいると、ウラジーミルが突然「ひっ」と驚いたような声を上げた。
「どうした?」
「なんかいる」
廊下の奥の角になっているところに何かが顔を出している。
「ん?あれは……猫か?」
黒猫が頭だけをのぞかせて、こちらを見ている。
「なんだ、黒猫か……可愛いな」
ミラーナが近づくと、突然猫の目が点滅を始めた。やばいと思った瞬間、猫の目から目の眩むような閃光がほとばしり、二人は意識を失った。
「いつまでかかるんだろう……」
見張り役のイワンはソワソワしていた。
数分前にドンっという鈍い音が聞こえたような気がした。標的を仕留めたのだろうか?二人が中に入って5分位経過している。
イワンは「誰か来たら知らせろ」とスマホを持たされたきり、次の指示を受けていない。
(少し中を覗いてみよう)
イワンはドアを静かに開け、そっと中を覗き込んだ。そのがら空きの背中を二本の太い腕が羽交い絞めにした。
それから数分後、二台のバンと一台の護送車が静かに正史宅の前面道路に停まった。車の中から20人ほどの黒い装備服を身に着けた屈強な男たちが流れるように出てきて正史宅に消えた。
しばらくすると、彼らは大きな荷物のようなものを運び出して車に積み込み、また流れるように車の中に戻っていった。そして三台の車はまた静かに走り出す。
深夜の住宅街はいつものとおり静まり返っている。
じきに三台の車は神奈川県警本部の中に吸い込まれるように入っていった。
数時間後、取調室の中で大知は正気を取り戻したミラーナと向き合っていた。彼女はまだ目が眩むのか、ひどい顔色だ。
「どうして分かった?」
ミラーナが憎しみを露わにした顔で睨みつけてくる。
「お前らのやっていることなど空から全部見ていた」
大知は目の前の女に冷静に告げる。
「空から? ドローンなどいなかったが……まさか衛星か!」
「これからも俺たちはずっと空から見ている。この日本をお前たちの好きなようにはさせない」
時間を少しさかのぼる。
大知と楓の作戦会議は次のように決まった。
昼の間に酒屋に隣接する正史宅に酒屋の客に扮した警察官を送り込む。彼らは特殊部隊として活躍している現役のSATの隊員だ。そして正史宅の廊下、全部屋に高感度の隠しカメラを設置し、リモートスイッチ付きの閃光手榴弾を猫のぬいぐるみや置物など数か所に仕掛ける。
念のため、近隣のマンション屋上にも狙撃犯を配備し、そして夜まで待機。
各部屋の映像は、近隣のマンションの空き部屋に設置された専用モニター、少し離れた駐車場に待機しているSAT部隊の車のモニター、そして県警本部の大知のパソコン、楓の自宅のパソコンに送られる。
「完璧だ。これでもう死角はないな」
大知が満足げに呟いた。
「ああ」
楓も頷いたが、まだ多少気がかりではあった。
「正史さん宅が真上から見えたら三百六十度監視できるのに…」
楓の何気ない言葉に大知の眉がぴくりと動いた。
「正史さん宅が真上から見えればいいんだな」
大知は念を押し、トイレに行くと言い席を立った。
トイレから帰ってきた大知がパソコンを操作すると、二人のパソコンの画面に英語のホームぺージの画面が映し出される。続けて大知が何かを打ち込むと、とある家の屋根が映し出された。まるで真上から見下ろしているように鮮明な画像だ。
「えっこれ正史さん宅か?」
楓が驚いた声を上げた。
「ああ、正史さん宅のリアルタイムの衛星映像だ。スペースグレイブ社に頼んだんだ」
「スペースグレイブ社ってもしかして……」
楓はいやな予感がした。大知のゲーム仲間の女の子が勤務しているアメリカの会社がここではなかったか。
「大知、これってもしかしてソフィアにやらせたのか」
「ああ、そうだ」
「お前好きな女に何やらせてるんだ。彼女会社をクビになるぞ」
「楓、後で説明するから今は俺を信じてくれ」
「ダメだ。今すぐ止めさせろ」
「もーこのわからずや!」
キレたような声の後、大知が囁くように言った。
「だから大丈夫なんだって。彼女……」




