表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/33

異変

一時間後、洗濯を済ませベーコンエッグとトーストの朝食を終えた二人はリビングのテーブルで一冊のノートを間に、向かい合って座っていた。

「さて、ここ数日間の正史さんの行動を教えてください」

楓が切り出すと正史は背筋を伸ばして椅子に座り直した。


「まず、奥さんと喧嘩をしたのはいつですか?」

「一昨日の火曜日の朝食の時だから朝の七時頃だと思う」

「その時には他に誰かいましたか?」

「いや、ワシら二人きりだった」

楓は聞き取った情報を時系列にメモしていく。

「その後の行動を教えてください」

「春子と喧嘩した後、あいつはしばらく二階に(こも)っとった。おそらく娘に電話しとったんだろう。一時間ほどして降りてきて、娘のところに行くと言って出て行った。それが八時半位だったと思う」

正史は記憶を整理するようにゆっくりと言葉を続けた。


「ワシも腹が立ったが、配達の予定が入っていたので、それからすぐ酒屋の方に行った。いつも通りの九時少し前だった」

「酒屋の方に豊くんは来ていましたか?」

「豊と嫁の恵美(えみ)はもう来て掃除をしていた。ほんとあの嫁は素直で良い子だよ。春子みたいな頑固者とは全然違うわい」

愚痴になりそうな雲行きになったので、楓は急いで質問を続けた。

「一昨日の配達のスケジュールを教えてください」

「そうだな。普通なら数日前の事などすぐに忘れてしまうところだが、事故にあいそうになったのでさすがに覚えとるわ」

正史は自虐を込めて笑って言った。


「一昨日は配達が三軒あった。まず、九時半に四丁目の楠木(くすのき)さんにビールと日本酒、十一時に二丁目にあるマンションの六階の寺田(てらだ)さんに日本酒。そして夕方五時に岸根(きしね)(ちょう)西野(にしの)さんにビールを届けた」

「配達時間外はどこかに行かれましたか?」

「昼食を買いにスーパーへ行ってその時晩飯も買ったので他には外出はしていないね」

「そうですか。事故にあいそうになったのはどのタイミングでしたか?」

「最後の配達先の西野さんにビールを届けた帰りで、時間は夕方の五時半ごろだった。公園通りを戻っているときにパンと音がして、車が傾いたんだ」

正史はその時の恐怖を思い出したのか細かく身を震わせた。


「ハンドルをとられて一瞬制御不能になってスピンしたが、何とか事故らずに止まることができた。他の車にぶつからなかったのは奇跡というほかない。まだ通勤帰りの車も少ない時間でよかった」

「そうですか……」

楓は考え込んだ。

「それからどうしましたか?」

「車の修理会社をやっている友達に電話したらレッカー車を手配してくれて、自分の工場に運んでタイヤを交換してくれたよ」

「そのお友達、何か言ってましたか?」

「タイヤにくっきりと小さな穴があいてたって。そいつもこんなの見たことないって言っとった。まるで銃に撃たれたようだって」


楓はこめかみをリズミカルに指で叩きながらしばらく考え込んだ後、口を開いた。

「撃たれたのかもしれませんね」

「そんな! 楓君まで。わし銃で狙われるような重要人物じゃないよ。春子もさすがに暗殺者を雇うほど私の事を憎んではないだろう。多分……」

確かにそうだ。この平和なご隠居さんが命を狙われるほどの何かをしでかしたとは思えない。

「タイヤを交換してからはどうしましたか?」

「そいつが家まで送ってくれたよ。車は念のため一晩預けて翌朝点検してもらうことにした」


正史は渇いた喉を潤すように紅茶を一口飲んで続けた。

「昨日の朝十一時頃電話がかかってきて異常がないとのことだったので、豊に頼んで工場まで送ってもらい、修理代を払って引き上げた」

「昨日は他に何もありませんでしたか?」

「いや、その帰りに野菜の苗を買いにホームセンターに寄ったんだ。そして買った苗を車に積もうとして一旦下に置いた時、上から植木鉢が落ちてきたんだ。すごい勢いで」

正史はその時の恐怖を思い出したかのように細かく身を震わせた。


「ホームセンターってあの大きなマンションの横にある?」

 楓はノートから顔を上げて正史に聞いた。

「そう、そのマンションから落ちてきたんだ。

びっくりして上を見上げた時、誰かがすっと隠れた気がした。それで怖くなって一目散に帰ったよ」

「警察には通報しなかったんですか?」

「しようかどうか迷ったがしなかった。被害は何もなかったし。それから朝まで一睡もしなかった。怖かったから電気も消せなかった」

「それで今朝一番でここに来た訳ですね」


楓は肘をつき、顔の前で両手を組み合わせて考え込んだ。酒屋の配達先は昔からのお得意様で怪しい人物はいない。だとすると配達の途中や出先で何か見てはいけないものを見たのだろうか? 例えば暴力団の薬物の取引など。この界隈は港からほど近い地理ゆえ、海外からの薬物の不法輸入の可能性もある。

「今までお聞きした内容をまとめてみました」

楓は正史の前に時系列に数日の出来事を記した紙を置いた。

「おー、こうやって見ると分かりやすいね」

正史は感心して見ている。


「よく思い出して下さいね。一昨日の配達の途中でいつもと変わった事はありませんでしたか?」

パンク事故が一昨日に起こったこともあり、とりあえず一昨日に限定して考えてみる。

正史は目の前の紙をじっと見ながら考えていたが、はっと顔をあげた。

「寺田さんのマンションに配達に行った時、同じ階のドアから出てきた人が顔を背けて通って行ったんだけど、あれ政治家の松村(まつむら)太郎(たろう)だったね」


松村太郎は東京都葛飾区選出の国会議員である。現在厚生労働省の大臣も務めており、邸宅は東京都世田谷区の一戸建てだと言っていたのを過去のテレビ放送で見たことがある。確かに横浜のマンションから昼前にコソコソ出てくるのは怪しいとしか言いようがない。

政治家の不倫か? だが不倫を感づかれたからと言って政治家が人を雇って目撃者を抹殺しようとするだろうか? 楓の思考は続く正史の言葉によって遮られた。


「そうだ、それと寺田さんのマンションの配達の帰り、エレベーターから走って降りてきた人とぶつかってしまってね。あのマンション、古い造りで廊下を直角に曲がったところにエレベーターがあって死角になっていて危ないんだよ」

「どんな人でしたか?」

「二十代後半くらいの背の高い女の人だった。ぶつかってしまってその女性がコンタクトレンズを落としたんだ。謝って私も一緒にすぐ探したよ。そして私がそのレンズを見つけて指さした時、初めて間近でその顔を見たんだけど、ちょっとびっくりしてしまってね」

「どうしてですか?」

楓がノートから顔をあげて正史を見た。


「左右の目の色が違っていたんだ。黒い瞳と真っ青な綺麗な瞳。落ちていたコンタクトレンズは黒かったから、きっと青い瞳を隠して黒くしていたんだろう。カラーコンタクトというのは、黒い瞳を明るく見せるためだと思っていたが、外国人の人は反対に黒い瞳に憧れるんだろうか?」

「その女性、外国人だったんですか?」

「おそらくそうだと思うよ。黒髪だったけど肌の色が抜けるように白かった。一見するとハーフっぽく見えるかな。でもあの瞳の色は北欧系ではないかな」

「他に何か気が付いたことはありませんか?」

「他には……、言葉は流暢な日本語だった。謝られてお礼を言われた位しか話はしていないが、完全に日本人の発音だった。あと身長は私と同じくらいだったから百七十センチくらいだろうか。女性の体重はよく分からないけど、モデルのような体形だった」


楓は携帯電話を取り出し、電話をかけた。

「大知、今大丈夫か?」

「ああ、今デスクにいる。大丈夫だ。お前が電話かけてくるのは珍しいな。何かあったのか?」

「突然変なことを聞くようだが、青い瞳の外国人の女で日本語が堪能、身長百七十センチで国際手配されている人間はいないか?」

「なんでそんな事聞くんだ?」

「実は今、正史さんがここにいる」

楓が今までの経緯を話すと、大知は部下にその条件の女を調べるように指示を出した。


「お、上田、早いな……ありがと」

大知は部下から受け取った情報を見て感嘆の声を上げた

「楓、お前の勘の良さはピカイチだな。実はロシアの革命家でお前の言った条件に当てはまる女が不法入国したというタレコミが入っている。名はミラーナ、年齢は30歳。数週間前に横浜港から入国したらしい」

「革命家か」


「その女は過去に自国の鉄道に爆弾を仕掛け、数十人の犠牲者が出た事故の首謀者とされている」

大知は説明を続けた。

「そいつは目的を達成するには手段を選ばないような奴で、全世界に自分の手先を作り、土地を購入させ危険分子を育てて、ある時期に世界同時に革命を起こすことを計画しているらしい」

「そんな危険な奴なのか。まるでテロリストじゃないか」

「ちょっと待って」

大知が会話を遮った。

「何?塚本……『その女、大の猫好き』……その情報今いらない」

空気を読まない部下をたしなめて大知は楓との会話を続けた。


「ただ正史さんがぶつかったのがその女とまだ決まったわけではない。その女、太ももに(さそり)刺青(いれずみ)があるそうなんだ。そんなもの正史さん見てる訳ないだろうし」

「太ももに刺青か」

楓が呟くと後ろからガチャンという音がした。振り向くと正史がカップを落としていた。


「あった、太ももに(あざ)のようなものが。コンタクトレンズを拾おうとかがみこんだ時にちらっとスカートの中が見えてしまったんだ」

正史は頭を抱えながら言葉を絞り出す。

「その痣はギザギザしていて、見てはいけないものを見てしまったとすぐ目を反らしたんだ。もしかしたらDVの痕かもしれんと思って」

「大知、今の聞こえたか?」

「ああ、聞こえた。ビンゴだな。相手は危険な奴だ。今夜あたりまた襲ってくるだろう。これから二人で作戦を練るぞ。パソコンを立ち上げてくれ。それから十三時からリモートで捜査会議を行う。お前には会議でこれまでの経緯の説明を頼む」

「分かった」

「今日は徹夜になりそうだな。部下には今のうちに飯食わせとかないとな」

「ああ」

「俺らの飯はしばらくおあずけだな」

「そうなりそうだな」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ