報告
夕方、楓の家に報告がてら寄って帰ることにした。翌日の土曜日に行っても良かったのだが一刻も早く報告したかったので楓に連絡し了解を取った。手土産にはビールと焼き鳥を用意した。
「楓さん、こんばんは」
「いらっしゃい」
「ビールと焼き鳥を買ってきました」
「おっ、いいね」
楓に秋からの勤務の件を報告する。楓は自分の事のように喜んでくれた。
楓が温め直してくれた焼き鳥を二人で頬張りビールで乾杯する。はぁ幸せだ。
「明日香の次の勤務場所、県警本部だったら大知と同じビルじゃないか?」
「ええ、そうなんです。でも本部は広いので会うことはあまりないと思います」
帰り際にざっと見て帰ったが、県警本部は八階建てのビルである。あまりの部署の多さに目がくらみ、結局安全対策部と食堂の位置しか頭に入らなかった。
「明日香は最近土曜日来ないけど仕事忙しい?」
楓が突然聞いてきた。
「いえ、最近は事件もないし暇ですよ」
(ほんとは毎週来たいけど、暑くて庭に出れない今、口実がないと来づらいだけです)
明日香は心の中で付け加えた。
「昨日、祖母の遺した書類を整理してたら、中からお菓子のレシピが幾つか見つかって」
楓は戸棚からノートを出して見せてくれた。
「わあ、かわいいイラストも描いてある。素敵」
「祖母はお菓子作りが得意で、俺が子供の頃たくさんのお菓子を作ってくれたんだ」
「ドライフルーツ入りのスコーン、カヌレ、マドレーヌ、どれも美味しそう」
「皆が今度来るとき作ってみようと思って」
「そうなんですか! 明日来てもいいですか?」
明日香は少々かぶり気味に喰いついてしまった。
「いいよ」
楓は笑いながらレシピの中の一つを指さした。
「これなら出来そうな気がするけど、どうかな?」
「私マドレーヌ大好きです! 私も一緒に作ってもいいですか?」
「ああ、もちろん。楽しみだな」
二人は翌日の時間を約束した。
帰り道、楓は駅まで送ると言ってくれたがまだ明るいからと断った。
(やった! 楓さんと明日も会える!)
駅までの帰り道の薄暗い空の下、抱きしめた鞄で顔を隠し、明日香は喜びを爆発させた。
一晩ぐっすりと眠った明日香は、七時ごろ目を覚ました。今日は楓の家で一緒にお昼を食べた後、マドレーヌを焼く予定になっている。
明日香は二人分のお弁当を買っていくと申し出ていたが、手作り弁当に挑戦することにした。昨日の帰りに弁当の材料も調達済みだ。
(楓さん、喜んでくれるかな? それともちょっと引いちゃうかな……)
不安な気持ちもあるが、好きな人のためにお弁当を作る幸せをかみしめる。
「へぇー、明日香がお弁当を作るのなんて初めてじゃない?」
母の今日子が物珍しそうにちょっかいを出してくる。
「誰と一緒に食べるのかな? お母さんの分かな?」
「ごめん、違う」
明日香は真顔で即刻否定した。
「やーだー、冗談よ。分かってるわよ」
今日子は楽しそうにケラケラ笑う。
「そんなに暇なら手伝って。口だけじゃなく手も出してよね!」
明日香は母の今日子の手も借りて、二人分の弁当を手ばやく作り上げた。
約束の時間に楓の家に到着した。いつものようにテラス側の開き戸から楓に声をかける。
「楓さん、こんにちは」
「いらっしゃい。大知は三時くらいに来るらしいよ」
家の中に入り、リビングのテーブルセットに腰かけると、楓が冷蔵庫から麦茶を出して、グラスに注いでくれる。
「お弁当持ってきましたよ。一緒に食べましょう」
明日香がお弁当の包みを開くと楓は驚いたように目を見張った。
「これって……」
「えへへ、作ってみました」
「……」
(やばい、引いちゃったかな……)
「実は、母と一緒に作ったんです。まあ食べてやって下さい」
明日香は卵焼きを箸でつまみ、ぱくりと一口で食べた。
「形は悪いけど、味はまあまあかな」
もう、自画自賛するしかない。
楓がつられて卵焼きを一口食べた。
「ほんとだ。おいしい」
(よかった。三回も作り直した甲斐があった)
今頃家では、母が大量の卵焼きを一人で食べていることだろう。明日香は心の中で母に手を合わせた。
「手作りの弁当を食べたのって、祖母が亡くなって以来かもしれない」
楓は箸でつまんだ鳥の照り焼きをしみじみと眺めながらそうつぶやいた。
「これ、すごく美味しい」
(それは母が作りました……)
明日香は心の中で付け加えた。
食べ終わると楓は箸をそっと置き、ごちそうさまとつぶやいた。
「昨日も帰り遅かったのに……ありがとう。おいしかった」
楓はテーブルに肘をついて、明日香の顔を見つめた。
(やばい、幸せすぎて突然死しそう)
間近で見る楓の顔に、明日香は心拍数が上がりっぱなしだ。
「お茶淹れたいけど、大知が来てからにしようか」
「そうですね。マドレーヌのレシピも確認しないと」
二人でレシピを確認し、作業に取り掛かる。
材料を量って、粉をふるってバターを溶かす。
「おばあさまのレシピ、レモンの皮を入れるんですね」
明日香はレモンの皮をおろし金ですり下ろしながら言った。
「爽やかで美味しそうですね」
楓はレシピノートを確認しながらゴムべらで生地をざっくり混ぜている。
「そう、そんな感じだった。半分はプレーンで半分レモンにしようか」
「いいですね」
ふわりと甘い香りが漂ってきた。オーブンレンジのタイマーが鳴っている。マドレーヌが焼きあがったようだ。楓がミトンを手にはめてオーブンレンジから天板を引き出した。
「わ~! 美味しそう」
「大成功だな」
二人でこんがり焼けたマドレーヌの出来を眺めていると、大知が鼻をクンクンさせながらやってきた。
「なになに、良い匂いがするけどどうしたの?」
「今日は楓さんとマドレーヌを作ってみました」
明日香は満面の笑みで天板の上のマドレーヌを指さした。
「えーっ、俺も呼んでくれたらよかったのに」
大知がふくれっ面で拗ねている。
「お前はゲームをするって言ってたじゃないか」
楓が冷たく突き放した。
「そうだ大知さん、私十月から異動することになりました」
明日香が突然切り出すと大知はびっくりしたように目を見開いた。
「え、そうなの? どこに?」
「県警本部の生活安全部の未成年捜査対策チームという部署で、大知さんと同じビルです」
「ほんとに? わぁ楽しみだな」
「広いビルですからそんなに会うこともないと思いますけど」
「いやいや、分かんないよ~」
大知はにやにやと笑った。




