楓の正体
事件が一段落した後の週末、三人は楓の庭に集まった。
「この二週間大変でしたね」
明日香はテーブルの上に突っ伏した。
「ああ、本当に疲れた」
大知も椅子から滑り落ちそうな体勢で、空を見上げている。
本当に激動の二週間だった。テレビでは連日事件のニュースが報道されていたが今週になってやっとその過熱ぶりが落ち着いてきた。
教団本部に突入した際、戸惑う信者を置いて我先にと逃げ出そうとした教祖は、今も誘拐・監禁については信者たちが勝手にやったことで自分は何も知らないと供述を続けている。
今後は各機関が連携して教団の実態や活動内容の解明、信者やその子供たちのケアをどうしていくか話し合われていくのだろうが、明日香は特に美空の事が気がかりだった。
「二人ともお疲れ様」
楓が紅茶の入ったカップをそっと差し出してくれる。二人は座り直し、熱い紅茶を一口飲んだ。今日はほのかなリンゴの香りがする紅茶だ。
「はぁ、生き返るぅー」
明日香の言葉に楓がふきだした。
(恥ずかしい……私、今気を抜きすぎてた)
明日香は少し赤面した。明日香にはどうしても聞いておかなければならないことがあった。この二週間ずっと気になっていたことだ。
「さて、そろそろお二人に説明していただきましょうか?」
明日香が切り出すと、大知がびくりと体を震わせた。
「なぜ、今は民間人の楓さんが捜査に協力しているのか? そしてなぜ前回、謎解きなどと言って私に嘘をついたのか?」
つい口調が高圧的になってしまう。
「明日香ちゃんってこんなに怖かったっけ?」
大知が楓に尋ねている。楓はしれーっとそっぽを向いた。
「説明させていただきます」
大知が渋々口を開いた。
「何故民間人の楓が捜査に協力しているか、という点ですが、実は楓は完全な民間人ではなく特別捜査官という立場だからです」
「特別捜査官? 何ですかそれ?」
明日香は首を傾げて大知に尋ねた。
「明日香ちゃんはサイバー捜査官って聞いたことない?」
「あります」
確かITの専門家を民間から警察官として採用してサイバー犯罪の捜査やセキュリティー業務を行う制度がある。
「そのサイバー捜査官も特別捜査官のうちの一つなんだ」
大知はにこにこしながら説明した。
現在、人手不足により警察官の数が絶対的に不足しているうえに犯罪はより巧妙化しており、捜査にも高い専門性が必要になっている。それで今、民間人の中で特別な技能を持った人に特別捜査官として働いてもらう制度が施行され、警視庁や神奈川県警で採用されている。
「楓さんの持っている特別な技能って……もしかして『推理』ですか?」
翔君の事件の時の迅速で鮮やかな推理が脳裏に蘇り、明日香は大知に尋ねた。
「そのとおり。楓は神奈川県警いや全国初の推理専門の特別捜査官なんだ」
明日香は衝撃を受けた。まさかそんな職種の特別捜査官があるなんて。
「これはまだトップシークレットなんだけど……」
大知はどこか得意気な顔をしながら説明を続けた。
「我が神奈川県警では警視庁よりさらに先を行こうと思っている。特別捜査官の技能によっては兼業や在宅勤務も許可し、より自由に働ける環境を提供しようと考えている」
まあ俺が立案者なんだけどねと笑い、大知は片目をつぶってウインクらしきものをした。
「その名は通称『在宅刑事』」
大知は指で銃のポーズを決めながら言った。
「在宅刑事!」
明日香は衝撃を受けた。
たしかに、今の時代インターネットで捜査状況のやりとりはできる。警察独自のネットワーク構築の上、情報を暗号化するなどの強固なセキュリティーシステムが必要だが。
それに楓の類まれなる能力は自分の目で見た。もし彼のように特別な才能を持った人間が捜査に協力してくれたら、未解決事件がぐっと減るに違いない。
「今、楓には在宅刑事の第一号として先行して働いてもらってるけど、じきにこの制度をもっと広げていこうと思ってる」
大知は熱く語った。
「出産や介護などの家の事情で警察官を辞めざるを得なかった人間もたくさんいるだろう。
そうした人たちの中で優秀でもう一度警察で働きたい人材を雇用する受け皿にもなればいいなと思ってるんだ」
「へぇ。大知さんすごい。さすが警視正」
明日香はちょっと持ち上げてみた。
「まあね。俺は警察官のトップになるべく生まれた男だからね」
大知が調子に乗っている。
「なんせ俺が警察官になると決めたのは小学生の時からだからね。そのへんのぱっと出の奴と一緒にされては困るね」
「そうだな、大知は中学生の時にはもう警察試験の過去問解いていたからな」
楓が追加で持ち上げた。大知はしばらく得意気な顔をしていたが、急に明日香の方に向き直り、しおらしく頭を下げて謝った。
「謎解きって嘘をついたのはごめんね。まだ明日香ちゃんの事よく知らなかったから」
「警視正だってことも隠してた」
「それは、あれだよ……」
恨めしそうな表情の明日香を見て大知の目が泳いでいる。
「明日香ちゃんとはこの庭で出会った友達だろ。仕事の立場とか関係なく好きな事を言い合える友人でいたいからだよ」
明日香はにやりとした。
「そうですか。じゃ私も遠慮なくいかせてもらいますね」
「いいね~。シビれるね~」
大知は胸に手を当て感動したように首を細かく震わせている。そんな大知をスルーし、明日香は楓の方に向き直った。
「私、楓さんにも聞きたいことがあったんです」
「何?」
笑っていた楓の顔が強張った。
「初めて会ったとき、私を助けてくれたあの時です」
明日香は脳内の記憶を引っ張り出しながら楓に尋ねた。
「あの変な三万円の曲、あれ何ですか? あの曲、楓さんが作ったんですか?」
「ああ、あれか」
楓はほっとしたように肩をなでおろした。
「あれは俺が私立探偵を開業しようとしてた時、大知が高校時代のバンドメンバーと一緒に作ってくれた曲なんだ。」
「えっ? 楓あれまだ消してなかったの? スマホに入れたとき嫌がってたからとっくに消されたのかと思ってた」
大知が嬉しそうな顔で楓を見たが、楓は少し嫌そうな顔で首を横に振った。
「結局開業しなかったし、一度もかけずに消すのは心苦しかったんだ。もう消していいか?」
「ダメだ」
二人はスマホを取り合いこしている。明日香は少年のような二人のやりとりに笑いながら口を開いた。
「そうだったんですね。あのふざけた曲、楓さんが作った曲ではないと確信していましたけど、大知さんだったら納得です」
「どういう意味だよ?」
大知が唇を尖らせている。
「大知さんバンドやってたんですね」
明日香はにやにやしながら尋ねた。
「子供のころから警察一筋じゃなかったんですか? 結構ブレてますね」
「モテたかったからだよ!」
大知が突然キレたように叫んだ。
「いつも楓ばっかりモテて。バレンタインのチョコも受け取って喜んでたら、全部楓に渡してくれって」
「楓さん、やっぱり昔からモテたんだ」
「壮絶にモテたよ! 他のクラスの女子もよく見に来てたよ。俺の方が身長3センチも高いのに!」
「大知さん、身長何センチなんですか?」
「181センチ。結構高くない?」
「てことは、楓さん178センチなんだ。結構高いですね」
明日香は楓に向かって微笑んだ。
「何、楓の身長逆算してるんだよ!」
大知がまたキレている。
「今、俺の話してるの!」
「大知さんにだってきっといいところありますよ」
明日香は大知をなだめた。
「まだ誰も気づいていないだけです」
「俺もう三十二歳なんだけど…。誰か気づけよ」
楓が肩を震わせて笑っている。つられて明日香も笑ってしまった。
犯人に銃を奪われた自分が情けなくてつらい時もあったけど、それがなかったら楓とも出会えなかった。この時間を手に入れることはできなかった。これから自分にできることをまた探していこう、明日香はそう心に誓った。




