39 商売(1)
ローウェンさんは、フランシスコの言葉に感動して泣く私を家まで送ってくれた。
置き去りにされたことには、文句ひとつ言わずに。
「なんで私を責めないんですか」
「私に落ち度があったのでしょうから。理由は気になりますが、今は聞くタイミングだとも思いませんし…目を冷やして、ゆっくり休んでください」
去り際、彼は手の甲にキスをしようとして、やめた。
それがなんだか、私への罰のように思えた。
って、ここ一週間くらいお客さんが来ないから、そんなことばっかり考えている。
「暇だな…」
庭の手入れは終わって、パトリスさんを探すふりも終わって、ブリュワの果物をドライフルーツにする作業も終わって。
絵画教室には小さな子どもや奥様方が何人か通い始めたらしくて、あっさりと巨匠も来なくなったし。あの薄情者め。
そんな静かな家に、外からの声が響く。
「あ、ここだわ!『失わせ屋』の本店!」
「レトロで素敵だね」
「ここでも未来シミュレーションしてもらいましょうよ」
「やってるかな?」
――本店、とは?
支店なんてないのに、「本店」はおかしくないか?
ドアを開けて、店の前にいるカップルに「ここが本店って、どういうことですか?」と聞く。
「素敵、本物の魔導士ティナだわ!」
「本物?なんで私の顔を知ってるんです?」
「だって『失わせ屋』の王都店に、肖像画が飾ってあるもの」
「…はい?」
王都から来たという二人の話を整理してみるに、どうやら王都に「失わせ屋 王都店」を名乗る店があり、未来シミュレーションを見せるらしい。さらにその店には「創業者」である私の肖像画が飾られている、と。
「その店は偽物です」
「またまた!だってちゃんとシミュレーションを見せてくれたわよ!私たち二人が結婚する未来を」
「でも、うちには支店なんてありません」
「噓でしょ!?だってあんな堂々と王都の目抜き通りで営業しているし、未来を見せてくれた魔導士は、あなたの上司だったって…」
私は頭を抱える。
だったらもう、店名どうこうじゃなく、未来シミュレーションすら偽物だ。
「私の元上司に未来シミュレーションはできません」
私は二人に未来を見せ、「自分の将来に相手がいないこと」を確認した二人の気まずい雰囲気を放置して、王都の目抜き通りに飛んだ。
行列ができている店にかかる華やかな看板は…
《失わせ屋 王都店》
ドアを開けようとすると「ちょっと、並びなさいよ」と腕をとられるけど、「客じゃないので」と腕を引く。
「ね、あの人って…」
「創業者の魔導士ティナだ!」
「ラッキー!今日はティナさんにやってもらえるってこと?」
おあいにくさま。
偽支店のために働くつもりはない。
「本部長」
「ティナ…っ!?なんでここが…!」
「逆になんでバレないと思うのか聞きたいですよ」
「カウンセリングルーム」とかいう部屋で、人の良さそうな笑顔を浮かべてお客さんと話していた元上司に、私は術をかけた。
◇
魔塔をクビになった俺は考えた。
「ティナの『失わせ屋』、流行ってるらしいな」
ティナの元上司という肩書を利用すれば、流行に乗って儲けられるかもしれない。
ティナはもったいぶって「口で言っても聞いてくれない人に、後悔を先取りしてもらうために」なんて言ってるらしいが、俺は他の目的で未来を見たい客もどんどん受け入れた。
「今の恋人と結婚していいか知りたい」とか「どの土地を買えば将来的に発展するか」とか。
未来シミュレーションはできないが、幻影はかけられる。
来た客が「どんな未来を見たいか」をカウンセリングで聞き出して、それらしい幻影を見せてやればいい。
目論見は当たり、ポジティブな未来を見られる『失わせ屋 王都店』は連日大盛況となり、魔塔時代以上に稼げている。
けれど徐々にクレームが入り始めた。
「彼と結婚したら幸せになれるって言われたのに、結婚してみたらとんでもない浮気男だったんだけど!」
「買った土地が汚染されてた!どうしてくれるんだ!」
「未来を見たことで自分の行動も変わり、そのせいで未来が変わったのでは」という説明では、客の怒りを抑えられなくなる。
大貴族の娘を怒らせるに至り、俺は「未来シミュレーションはティナ・ノクスヴィルが開発したもの。シミュレーションが間違っていたなら、クレームはティナに」と言い、店を畳んで今までの儲けをもって逃げた。
しかし逃げた先に、あの、剣気を扱う田舎の剣術師範。
「警告したのに…私のティナをまた厄介事に巻き込むとは、いい度胸だな」
「ま…待ってくれ…!金…金ならいくらでも渡すから…」
「必要ない。彼女の世界から永遠に消えろ、蛆虫め」
最後に見たのは、稲光を纏ったような剣だった。
◇
元上司ははっと目を覚ました。
「今のは…」
「私がここの存在を知る前の情報で組み立てた未来シミュレーションです。まったく、誠実さの欠片もないですね、ここの商売は」
汗が滝のように彼の顔を流れ落ちていく。
「どうやら、このままだとローウェンさんに斬られて死ぬみたいですね」
失わせ屋を騙っただけで殺されるとか重すぎるけど、怒るポイントと許容範囲は人それぞれだからね。
「あ…ああ…」
「お金は全部お客さんに返して、看板と大手の新聞三社に『この店はティナ・ノクスヴィルの失わせ屋とは無関係だ』って載せてください」
「わ…わかった…わかったから…」
「ベネディクトあたりに頼んで監視しますからね。三日以内にやらなかったら、ローウェンさんに告げ口して、寿命を縮めてやりますから」と言い残して、私は店を去った。
店の前に戻ってきて、ふと気づく。
「…『私のティナ』って、なに?」




