40 商売(2)
「私のティナ」ってなに?
そんな疑問もすぐ忘れてしまうほどに、また忙しさが戻ってきた。
ここ最近暇だったのは、どうやら「王都店」にお客さんを奪われていたかららしいと、今更気づく。
「いらっしゃい」
入ってきたのは、思いつめた顔をした男性だった。
「妹のことで」
「また人のものに手を出す厄介な妹か」と思ったが、どうやら毛色が違う。
彼の妹は、自分がいわゆる転生者だということを思い出した。転生者とは、どこか違う世界で生きた前世の記憶をもっている人のことだ。
「珍しいですけど、いるにはいますよね」
「はい。転生者であること自体は、まったく問題ないんです」
問題なのは、転生者であることを思い出した彼女が「和カフェをやる」と言い出したことだ。
「カフェはわかりますけど、和カフェとは?」
「彼女が前世で生きていた日本という国で人気だった店だそうです。抹茶とかいう緑の茶や、あんことかいう赤黒い餡の菓子などを出す店だそうで」
「へえ…聞いたことがありませんけど、それってどうやって作るんでしょうね。原料がどこで売っているかもわかりません」
「でしょう!」
お兄さんは急にヒートアップする。
「飲食業は専門外ですが、これだけはわかります。ずさんな計画で始めたって、挫折するって。それなのに妹は『転生者がやるカフェは絶対潰れない』とか、わけのわからない自信をもってて、もう店舗を探し始めてるんです」
「それはさすがに気が早いですね」
転生者である彼の妹さんに限らず、カフェ経営に憧れる人は多い。
落ち着ける店内。こだわりの飲み物。美味しいスイーツや軽食。
常連のお客さんと過ごす、のんびりした時間。その時間が誰かの癒しになったり、活力になったりもして。
軌道に乗れば、これほど楽しい仕事はないのかもしれない。
「だけど実際には、潰れるカフェも多いじゃないですか」
「そうですね」
「転生者だろうがなんだろうが関係ありません。妹みたいな素人が、計画もなくカフェ経営に乗り出したって、無理です。始めるならせめて勉強してからにしなきゃ、絶対後悔します」
私は免責事項にサインをもらい、お兄さんに引きずられるようにして急ぎ、「いいですね!立地最高!」と店舗の賃貸契約書にサインしようとしていた妹さんに、間一髪で術をかけた。
◇
現世のお兄ちゃんは心配して「早まるな」というけど、異世界で日本人が経営する和カフェが、バズらないはずはない。むしろバズり散らかす未来しか見えない。
「京都の和カフェなんて、観光客で溢れてるもん」
だから、善は急げ。
「お店の名前は『なごみ庵』だな。桜をイメージした内装にして…」
イメージはどんどん膨らむけれど、西洋風のこの世界じゃ、和カフェに必須の抹茶と小豆が手に入らない。
何人もの商人に声をかけても、「マッチャ?アズキ?」と首を傾げられるだけ。
けれど何社目だろう、最後に飛び込んだ商会で「遠くから運ぶから商品代より輸送費が高くなるけど、用意はできるよ」という返事をもらえた。
諦めない心って大事だよね、やっぱ。
「少量だと卸せないから、まとめ買いしてくれる?」
「もちろん」
なんたってバズり散らかす予定なんだから。
だけどやってきた大量の箱に入っていたのは、抹茶の粉じゃなくで緑茶の葉だった。しかも小豆じゃなくて大豆だったし。
「頼んだものと違うじゃない!」
「ええ?これがうちが扱っているマッチャとコメだよ」
「返品よ、返品!」
「できないよ。契約書に書いてあっただろ?」
仕方ない。カフェ開店に向けて貯めてきたお金と借金で、仕入れ代を払う。
こうなったらどこかから米を仕入れてきて、お茶漬けバーかなんかにすればいい。煮豆をお通しにしてやるわ。
だけどお米を炊こうにも、炊飯器どころか土鍋もない。
「フライパンでもできる…?」
土鍋もフライパンも火にかける調理器具なんだからできると思うけど、そもそも私、炊飯器以外でご飯を炊く方法も知らないんだった。
そうこうしているうちに、まだ開店してもいないのに、家賃の回収がやってくる。
大通りに面した場所に借りたから、家賃が高い。
「お兄ちゃん、ちょっと援助してくれない?」
「だめだ。俺は反対したし、援助はしないとちゃんと言っただろ」
「けち!」
ようやくお米を仕入れて炊き方もわかったけど、お茶漬けバーにしようにも、梅干しも塩昆布もないからどうにも味気ない。
どうして。
どこか思いがけず近くに原材料とか醤油が湧く泉とかがあって、何でもチートに自家製でできちゃうはずなのに。
「美味しいのかどうか、わからないな。緑の茶は渋いし」
ようやく来てくれたお客さんにそう言われて、和カフェあらためお茶漬けバーはまったく流行らないまま、潰れた。
あとに残ったのは、途方に暮れてしまうほどの借金だけだった。
◇
妹さんは震えながら目を開ける。
「今の何…?妙にリアルな…」
「魔導士さんの未来シミュレーションだ。軍用レベルの確度らしいから、今のままだと高い確率でああなる」
「そんな…でも異世界モノでは、転生者のカフェは大繁盛で、ハイスぺ騎士様とかお忍びの王太子殿下とかがうっかり常連になってくれるんだよ?」
「前の世界ではどうだったか知らないが、商売は決して甘くない。軽い気持ちで手を出していいものじゃないんだ」
「でも私、カフェやりたいの!前の人生でも、カフェやりたくてお金を貯めてたのに…」
妹さんが目に涙を溜める。無鉄砲なのは確かだが、そうやって泣かれるとかわいそうにもなる。
「お兄さんも、諦めろと言っているわけじゃありません。例えば、和にこだわらずに考え直してみたらどうですか。お客さんにもあまり受け入れられてなかったようですし」
思いつきで商売を始めてしまった私が言えることではないけれど。
「夢を叶えるためには思い切りも大切ですけど、失敗しないように慎重に動くことも大事だと思いますよ」
妹さんは小さく頷いてくれた。




