37 頑張り屋さんたち(1)
からんと音がしてドアが開いた。
このあたりを治める子爵に仕えている執事だ。
「その節は大変お世話になり、ありがとうございました」
「もしかしてカプセルがご入用ですか?子爵様がまたツンデレを発動しちゃいました?」
「いいえ、今日は本家の件でご相談が」
彼の隣で、非番のメイドっぽい女性が会釈をする。
「彼女は本家のメイドです。困っていると相談されて、『失わせ屋』を紹介したくて」
メイドのミンナさんは子爵邸で働いていたが、子爵家の本家にあたる伯爵家からの「人手不足だ」というSOSに応じて、伯爵邸に移ったのだという。
「どういったご用件でしょう」
「伯爵邸は、このままではずっと人手不足のままです」
伯爵邸では、誠実で優秀な使用人から辞めていくのだと言う。
「どうしてでしょうか」
「執事長のえこひいきがあって」
同じだけ仕事をしても、あるいは自分のほうが頑張っているように思えるのに、執事長の『お気に入り』だけが褒められる。
お気に入りではないメイドには重く冷たく辛い仕事が、『お気に入り』には軽く温かく楽な仕事が割り振られる。
そして欠員が出た「花形の部署の仕事」は、たいてい『お気に入り』のものになる。
「頑張れば奥様やお嬢様の担当になれるかもしれないと思って仕事をしてきましたが、あれを目の当たりにすると、頑張っても意味がないと思ってしまいます」
その結果、ただ真面目に静かに頑張ろうとしていた人から辞めていくのだという。
「あなたは辞めないの?」と聞いたら、ミンナさんは「今はまだ」と首を振った。
どうして。きっと子爵邸に帰ってきたら、受け入れてもらえるのに。
「縁あって伯爵家にお仕えすることになったのですから、自分にできるだけのことはしてから辞めるつもりです。このままえこひいきが続いたら、私だけじゃなく他の人も困りますし、結局は旦那様や奥様もお困りになるはずです」
「…なんとも素晴らしい心意気ですね」
「ただのメイドですけど、メイドなりの誇りがあるので」
頭が下がる。
「だからここへ来ました」
ミンナさんの代わりに、子爵家の執事が「基本料金」と「複数人オプション代」を差し出した。
なんとも優しい表情で。
「私の立場では、本家のことに堂々と口を挟めません。ですから、どうかよろしくお願いいたします」
「…わかりました」
私は伯爵邸に飛んで、ピンク髪のメイドに鼻の下を伸ばしている執事長に、術をかけた。
◇
「執事長ぉ、洗濯は無理ですぅ。指が痛くなっちゃうんだもん」
「ジュリア、ちょっとは頑張ってみてくれよ」
「ひどぉい、執事長!そんなこと言うんだったら、辞めちゃいますよぉ!」
「仕方ないな…わかった。ミンナと持ち場を交代させよう」
ジュリアと持ち場を交代しろと伝えると、ミンナが一瞬だけ眉を吊り上げる。
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「メイドごときが理由を気にするのか。教えてやろう、ジュリアが洗濯担当はしたくないと言ってるんだ」
「…メイドごときがしたいかしたくないかで仕事を選べるなら、私もしたくはありません。ようやくお嬢様の担当になれたところですのに」
「ごちゃごちゃ言うな!助け合うのが仲間だろ」
ミンナは唇を噛んで、ポケットから辞表を取り出した。
「…もううんざりです」
「おい、ミンナ…!」
ミンナは振り返ることもせず辞めてしまい、元いた子爵邸に戻った。
それを皮切りに、他のメイドたちからも不満が噴出する。
「助け合うのが仲間?助けたことはあるけど、助けられたことはないんですけど」
「そもそもなんでジュリアだけ、異動の希望が通るんですか?そりゃあのミンナさんも、さすがに怒りますよ」
「それに勤務時間だって。私だって深夜番はしたくないですよぉ。幽霊が出そうで怖いですもぉん。あ、これジュリアの真似です」
「新しい仕事は覚えたくありませぇん。だって間違ったら怒られそうで嫌だもぉん。これもジュリアの真似です」
ベテランや優秀な者から、辞めていく。
それでも、仕事はしなくてはならない。
けれど新しい使用人を雇おうにも、十分に集まらない。
「あの職場はえこひいきがすごくて、頑張っても報われない」
「楽に仕事したいなら、執事長の愛人にならなくちゃいけない」
そんな噂が使用人界隈で蔓延していると聞いて、血の気が引いた。
人が増えないから、残った使用人には負担がかかり、仕事がおろそかになっていく。
「セバスチャン!この体たらくは一体どういうことだ!?こんな状況では、お客様一人お迎えできないぞ!」
「も、申し訳ございません、旦那様…」
「もういい、お前はクビだ!従弟から執事を借りる!」
「そ、そんな…!旦那様…!」
◇
執事長は目を開けた。
「執事長?」と、ミンナさんが彼の顔を覗き込んだ。
「ああ、ミンナ…!よかった、今のは夢か…!?」
「未来です。執事長が今のままえこひいきを続けた場合の未来」
執事長の頬をすらりと汗が滑っていく。
「辞めたってすぐ別のお屋敷で働けるだけの力がある人って、何も言わずに仕事して、何も言わずに辞めるんですよ」
そうだ。「この仕事がしたい、これはしたくない」なんて言わずに働いて、「これをさせられるなら辞めちゃうからね」なんて言わずに辞めるんだ。
――魔塔にいたときの私みたいに。
執事長はこくこく頷く。
「わかります?文句言わずに働く人を認めて、大事にしたほうがいいって。それが執事長のためにもなるって」
執事長はさっきよりも激しく、がくがく頷く。
「じゃあどうします?」
執事長はピンク髪のメイドに向き直った。私も幻影を見たから、彼女が『お気に入り』のジュリアなのだとわかる。
「ジュリア、もうわがままは聞かない。君はメイドとして立派に働いていくために、やりたくない仕事でも覚えるべきだ。それができないなら、この職場に置いておけないよ」
「ひどぉい、執事長ぉ!優しい人だと思ってたのにぃ!」
執事長は高くて甘い声に、ぐらぐら来ている。しかし持ち直した。
「…優しいのではなくて、馬鹿だったんだ。ジュリア、もう一度言う。甘えずに、先輩に教えてもらって、真摯に仕事をしてくれ。そうでないと、追い出すことになる」
ジュリアは目を丸くして、表情を曇らせて、「わかりました」と踵を返した。
私はちょいちょいと執事長をつつく。
「今の幻影をつめたカプセルがあるんですが、買います?可愛いメイドのわがままにぐらぐら来ちゃったときに飲むと、いい冷や汗をかけますよ」
「…一ダースください」
「本当に一ダースで大丈夫ですかぁ?あ、これジュリアさんの真似です」
「やめてくれ…じゃあ二ダース」
「毎度あり」
ちゃんと変わってね。頑張ってる部下のためにも。
ミンナさんと目が合う。
頑張り屋のメイドさん。
彼女は自分のことを「ただのメイド」なんて言うけれど、きっとそうじゃない。
「頑張り過ぎないでね」




