36 やきもち(2)
ローウェンさんを置き去りにして、いらっとした気持ちでドアを開けると、お客さんがいた。
だから営業用の笑顔を装着して、「いらっしゃい、お待たせしました」。
お客さんは、たぶんどこぞの騎士だ。服装からして。
「どのようなご用件でしょうか」
「恋人のパトリスに、未来を見せてほしいんだ」
彼はいかにも朗らかにそう答える。
「最近彼女が僕から離れようとしているように感じてね。でも僕以上に彼女を愛している男なんていないし、これから先も現れないって断言できるんだ」
「恋人を随分愛していらっしゃるんですね」
「そうなんだ。それを彼女にもわかってほしくて。僕から離れたら、彼女はきっと後悔するから」
そう言って、彼は毒気のない笑みを浮かべた。
「…そうですか。ではこちらの免責事項にサインをお願いします」
彼はきれいな字でザイオン・デリーとサインをした。高度な教育を受けていることが、文字からもわかる。きっと貴族なんだろう。
貴族で、みんなの憧れである騎士で、明るい性格で、恋人一筋。
確かに、彼を逃したら恋人さんは後悔するかもね。
「複数人オプションも追加するよ。一緒に未来を見たほうが、今後について話し合いやすいよね?」
「そうですね」
金払いもいいし、最高じゃん。
私は彼の恋人だという女性の家に向かい、私たちの姿を見て、怯えたように目を開いた女性に術をかけた。
◇
「私たち、きっとうまくいかないわ」
「だからもう会わない」といくら言っても、ザイオンは諦めてくれなかった。
「ザイオン、いい加減にして!もう私、新しい恋人ができたの」
「…誰?ねえ誰?」
「名前は言えないわ」
「じゃあ本当はいないんだね」
「いるんだってば!」
ザイオンが新しい恋人のキースに迷惑をかけそうだから、言えないのよ。
デートもザイオンに見つからないように、町の外でこっそりする。
ザイオンとはもう付き合ってもないのに、どうしてこんなに気にしないといけないのかしら。
はっきり振ったのに、いまだに付きまとって。
でもこうやって逃げ回っていれば、いつか熱が冷めて忘れてくれるでしょ。
――そう思っていたのに。
「ザイオンと結婚しろ、ですって!?」
「パトリス、頼む!このままじゃ家族全員路頭に迷ってしまう!」
父が投資に失敗して大きな借金をつくったタイミングで、ザイオンが債務を肩代わりし、私はその代償としてザイオンと結婚することになってしまった。
結婚してから、彼の束縛はますますひどくなる一方。
《ねえ、どこに行ってたの?パトリスはどこにも行っちゃだめ》
《ずっと家で僕を待ってて。そうすれば僕も君も幸せでいられるから》
《パーティーで他の男と話してたでしょ!もうパーティーに出るのは禁止ね》
そうして、私は豪華な屋敷に閉じ込められた。自由に屋敷の外に出ることも叶わない。
愛する人に会うことも、きっともう一生ない…
と、ザイオンが騎士団の仕事で出張中の夜、窓にこつんと何かが当たった。
窓を開けてみると、キースが木に登っている。
私が心から愛する人。
「パトリス、一緒に逃げよう」
考えている暇なんてなかった。
私は彼に手を引かれて走り、彼が用意していた馬に乗って駆けた。少しでも早く、少しでも遠くへ。
そうやって辺境の村にたどり着き、慎ましい生活を送る。
生活は今までよりずっと貧しくても、愛する人と二人、幸せだった。
――だけどその生活は、長く続かなかった。
「パトリス、みぃつけた」
「…ザ、ザイオン…っ!?」
薪割りをしていたはずのキースは地面に倒れていて、私はあっという間にザイオンの腕の中へ。
「よそ見するなんて悪い子だな、パトリスは。やきもち焼いちゃうよ、僕」
倒れているキースの周りに、血が広がっていく。
「ああ、そんな…っ!キース…!」
「僕を嫉妬させたパトリスが悪いんだからね?」
そうして屋敷に連れ戻されて、本当に、もう、一生部屋から出られなくなった。
「僕から逃げるなんてだめだよ、パトリス。だって僕は君を愛してるんだもの」
◇
なんだ、これは。見なきゃよかった。
見るからに朗らかな騎士様が、執着モンスターだったなんて。
「確かに、彼を逃したら恋人さんは後悔するかもね」「金払いもいいし、最高じゃん」とか思った自分を殴りたい。
私とパトリスさんが青くなって小さく震えている横で、騎士は平然と言い放った。
「パトリスが変なことを考えないように、あのキースは先に処分しておいたほうがいいかな」
「…っ!?」
「大丈夫。治安活動中の事故を装うから」
大丈夫じゃないだろ。
騎士は震えるパトリスさんの頭を「よしよし、怖がらないで」と抱く。
ほんとに、なにこれ。自分が怖がらせてるのに「よしよし」はないでしょ。
できることなら一部始終を見なかったことにしてしまいたい。
だけど、このまま見て見ぬふりをするのは、後味が悪すぎる。
「…お、お嬢さん!大変申し訳ないのですがお手洗いをお借りできませんか」
「え…ええ」
パトリスさんは騎士の腕から抜け出して、お手洗いへ案内してくれる。
私は彼女に並びかけて、小声で聞いた。
「逃げますか」
「え…?」
「逃げるなら手伝います」
「でも、どこへ逃げたって…」
「ブリュワに伝手があります。二人くらいなら魔法で一気に連れていけますよ」
さすがの騎士様も、国外逃亡までは頭にないだろう。
「恋人と相談して、決めたら連絡をください。騎士様のあの様子だと、早いうちがいいでしょう」
「…ええ」
彼女から「逃げたい」という連絡があってすぐ、私は彼女と恋人を移動魔法でブリュワに送り届けた。
「国王陛下、王弟殿下、心から感謝いたします」
「ティナ殿は恩人だからな。これくらいであればいくらでも。彼らのことは任せてくれ」
先に話だけ通しておいたので、ブリュワ王とその弟は、彼らに家と新しい身分を用意して待ってくれていた。
うん、コネって大事。権力最高。
「ティナさん、なんとお礼を言っていいか」
「元気でいてください。それだけでいいです」
「あなたは私たちの命の…いえ、魂の恩人です」
「…照れますね」




