34 君を愛するつもりはない(2)
「クラウディア様、今度は幸せになれそうでよかった」
相手は超絶影響されやすいお馬鹿だけど、まあ誠実そうだ。馬鹿な部分は賢いクラウディア様に教育してもらえばいいわけだし。
ふわりと家の前に戻ってくる。
移動魔法を拒絶するシールドを張ってしまったので、自分も移動魔法で直接家の中には戻れなくなってしまったのだ。
「自分の魔力だけ許可もできるけど、面倒すぎて」
そう自分に言い訳しながらドアを開けると、テーブルの上には片付いていない食器。
「もう、ちゃんと言ったのに!人の家ですら片付けしないって、どういう神経!?」
ぷりぷり怒りながら巨匠の食べ残しと食器を片づけていると、からんとドアが鳴る。
「いらっしゃい。どんなご用件でしょうか」
「兄に、未来を見せてほしい」
彼の兄は侯爵の嫡男で、彼は次男。
「兄には、聡明で謙虚で優しい婚約者がいます。本当に、素晴らしい女性なんです」
けれど生粋の遊び人である兄は、彼女をないがしろにして、遊び歩いている。
「『まだ独身だから』と、隠そうともしなくて」
婚約者は「家のため」「政略結婚は覆らない」と黙って耐えているが、平気なはずはないだろう。
少しずつ彼への不信感や失望が積もり積もって、いざ夫婦になったときには、冷え切った関係になっているはずだ。
「夫婦関係は家族関係の基本でしょう。なのに二人の関係が冷え切ってしまっては…二人も、いつか生まれてくるだろう子どもも、幸せになれるとは思えません」
「ですね」
「マリエン嬢は子ども好きなんです。孤児院の慰問も熱心にされていて、子どもたちからはまるで姉のように慕われています。その彼女が自分の子どもを愛せないかもしれないと思うと…!」
「ほう…」
彼の「未来の兄嫁」に対する、この熱量。
ブリュワの王弟殿下みを感じる。きっと気のせいではない。
だったら、彼の依頼を遂行したあと、兄が改心したとなれば…
「念のため確認ですけど、お兄様が心を入れ替えて婚約者に向き合い、二人が結婚するとして…あなたご自身は後悔しないんですね?」
自分の愛している女性が、自分の兄と結婚してしまうのだ。いいのだろうか。
「ええ、しません。マリエン嬢は侯爵夫人になるために努力を続けてきましたから。彼女が幸せな侯爵夫人になってくれるなら、私は祝福します」
「そうですか。ならここにサインを。複数人オプションと移動魔法オプションもおすすめです。はい、オプション追加ありがとうございます。さ、行きましょう」
私は侯爵邸に飛んで、何食わぬ顔で婚約者とお茶をしている浮気者に、術をかけた。
◇
俺は親の決めたとおりに、マリエンと結婚した。
「わかってるとは思うが、俺の愛情を期待するなよ。お前を愛してやるつもりはないからな」
「…はい」
結婚生活には、何の問題ない。
「いいな、お前のところは」
「何がだ?」
「奥方に理解があって」
友人たちは一斉に愚痴をこぼす。
彼らの奥方たちは「浮気はするな」「外でできた子どもは認知するな」などとうるさいらしい。
子どもに「お前の父は最低の人間だから、お前はあんな風になるな」と言い含めるなど、ひどいこともするとか。
マリエンは、そんなことは一切言わない。ただ黙って、家の仕事をして、社交の場では俺の隣にいる。
子どもには「父様は立派な領主様だから、お忙しいのよ」と伝えているから、息子も娘も俺がたまに屋敷に帰れば、尊敬の眼差しで嬉しそうに駆け寄ってくるのだ。
「結婚前から、俺の遊びのことは知ってるからな。わかって結婚したんだから」
「それがさ、そのつもりで結婚したのに、結婚したら違ったりするもんだよ。正妻への愛情だの敬意だの言われると、途端に萎えるんだ」
「確かにそうかもな」
マリエンが俺に何かを要求することは、ない。
たまに俺と「ちょっとした付き合い」のある女と鉢合わせて何か言われても、困ったような顔でただ時間が過ぎるのを待つから、問題を起こしたこともない。
「よくできた奥方じゃないか」
愛人が産褥熱で亡くなって子どもを引き取ると決めたときも、マリエンは文句ひとつ言わずに頷いて、自分の子どもと同じように扱った。
「アーサー、ステラ、この子はあなたたちの弟よ。仲良くしましょうね」
「はい、母様!」
俺と一夜を過ごしたというメイドがタウンハウスに押しかけてきたときも、粛々と手切れ金を渡して処理していた。
「私が至らないばかりに、あなたにも辛い思いをさせてしまったわね」
「お、奥様…」
いつも無表情で、感情を露わにしたところは見たことがない。
幼いころはよく笑っていたような気がするが、気のせいだったか。
「かもな。面白味はないが」
「政略結婚の正妻はそんなもんでいいんだよ。空気でいてくれたら」
「言えてるな」
これが理想の夫婦像だろう。
「兄上!義姉上をもっと大切にしてください!」
弟のリオネルがそう喚きにきても、痛くも痒くもない。
俺もマリエンも、何の不自由もしていないんだから。
「そうだろ、マリエン?」
「…ええ」
マリエンはいつもと同じ、乾いた声で答えた。
◇
同じ未来を見た兄弟は、目を開ける。
兄は何食わぬ顔だが、弟は震えていた。
未来の妻をないがしろにし、妻に恨まれたり逃げられりして後悔するかと思いきや、兄は何も失わず、大手を振って浮気三昧の日々を続けていたのだから。
「兄上!どれだけマリエン嬢をないがしろにして踏みつけたら気が済むんですか!」
「踏みつけてなどいないさ、あれが俺たちの夫婦の形だろ」
歪な力関係の、ね。
弟は兄の胸倉を掴む。
「あんな素晴らしい女性を苦しめて、笑顔を奪って、何とも思わないなんて…!」
「貴族の結婚なんて、そんなもんだろ。夢を見るな」
弟は兄を掴んでいた手から、力を抜いた。
「そんな…」
「兄の婚約者に懸想している弟のほうが、よほど問題だろ」
「…っ」
兄をこらしめてやりたいのはやまやまだし、こんなの後味が悪い。だけど未来を捻じ曲げて、兄が後悔する嘘の未来を見せるのは、店のポリシーに反する。
気まずい空気の中で、私は「では…これで失礼いたします」と頭を下げた。
背中を丸めて逃げるように姿を消す直前に、「絶対に救い出して見せる」というリオネル様の声が聞こえたような気がした。




